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2005年4月18日 (月)

組織人 グロービス・クラブにおける「愚直論」

ちょうど二日前のことである。「グロービス・クラブ」という、グロービスの受講生向けに四半期に一回開催するイベントのスピーカーから電話があった。そのスピーカーが、「堀ちゃん、ゴメン。どうしてもスピーチができない理由ができちゃった。スピーチイベントをキャンセルして欲しい」と。彼は、いつも親しげにこう語りかけるのだが、今回ばかりは、譲れない。僕は、「そう言われても困る。ぜひ来て欲しい。どうして来れないんですか」と食い下がったが、「理由は明日の夕方になるまで言えない」との頑なな応対だ。僕は、「それでは参加者に説明できない」と応酬したものの、結局押し切られてしまった。

この「グロービス・クラブ」というイベントは、経営学を学んでいるグロービスの受講生に、経営の臨場感を学んでもらうために、著名な経営者をゲストスピーカーとして招き、定期的に開催しているものである。過去のスピーカーとしては、富士ゼロックス会長の小林陽太郎氏、ボストン・コンサルティング・グループ社長(当時)の堀紘一氏、M&Aコンサルティング代表の村上世彰氏、パソナグループ代表の南部靖之氏、ユニクロ(ファーストリテイリング)社長の玉塚元一氏などに来ていただいていた。

受講生は、ゲスト・スピーカーの話を聞きにくるのである。スピーカーが来られなかったら、キャンセルするしかないのである。だが、既に200名以上の申し込みがある。大阪や名古屋からも、わざわざ出張にタイミングを合わせて参加する人がいることも、僕は知っていた。彼に押し切られて一旦電話を切ったものの、すぐに電話をかけなおした。「5分でも10分でもいいから来てくれないか」と粘ってお願いした。彼は、「わかった。何とかしてみよう。折り返し電話をするよ」と約束してくれた。10分ぐらい後に、彼から再度電話があり、「スピーチは予定通りできることになった。だけど申し訳ないけど、質疑応答と懇親会はキャンセルして欲しい」と。僕は、ホッと胸をなでおろした。これで、予定通りグロービス・クラブは開催できることになった。

その電話の相手が、現在日本ヒュ―レッド・パッカードの社長の樋口泰行氏である。そして、その翌日、新聞の夕刊に、樋口氏がダイエーの次期社長に就任することがデカデカと報道されていた。本日の日本経済新聞には、さらに大きく彼の略暦が詳しく書かれていたのである。その略歴の中に、ハーバード大学MBAと書かれていた。実は、樋口氏は、僕のハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の同級生なのである。サマースクールから同じクラスで、僕と一緒に苦楽をともにした仲間である。樋口氏は、僕より5つ年上だが、留学中に最も親しくしていた中の一人である。家族ぐるみでもお付き合いをさせてもらっていた。フィールドスタディもたまたま一緒で、何回かフロリダにも行ったことがあった。僕は、彼のことを親しみを込めて、「ヤスさん」といつも呼んでいた。

その「ヤスさん」が、ダイエーの次期社長に内定し、その発表の翌日に、グロービスで喋ってくれるのである。実は、以前にも同様のことがあった。彼が、コンパック時代、グロービスでマーケティングの講師をしてくれていた時のことである。コンパックがHPと合併後の最後のクラスの前日に、「樋口泰行氏、日本ヒューレットパッカードの社長に就任」、と報道されていたのである。樋口氏の出世の報道のタイミングに、偶然にも二回ともグロービスが関わっていたのだ。不思議なご縁である。


本日の6時50分、樋口さんはグロービスに到着した。僕は、キッチリとお迎えして、握手をした。一年ぶりぐらいの再会である。忙しそうなので、お互い会うのを遠慮してしまうのである。軽く立ち話したのちに、時間が多少ありそうなので、樋口さんにグロービスのオフィスを案内した。彼が講師をしてくれていた当時に比べて、オフィスも教室も格段と大きくなっているので、驚いていた。定刻を数分ほど過ぎた後、1階の会場に入った。200人以上がびっしりと座っていた。皆、期待に胸を膨らませていた。

司会に促されて、僕が樋口さんのことを紹介した。そして、彼がゆっくりと「愚直論」を語り始めた。「愚直論」とは、彼が執筆した近著のタイトルである。その本の中には、彼自身が努力し続け、まっすぐに正直に、一生懸命に生きつづけてきたことが、平易な言葉で書かれていた。松下の溶接機事業部からハーバードに留学。ハーバード時代に落第しそうになったことも正直に書かれていた。帰国後、暫くして松下を退職。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)のコンサルタントへ。その後、アップルコンピュータを経て、コンパック、そしてHPの社長へ。そこには当然のことながら、ダイエーのことは書かれていなかった。

「仕事一筋に生きてきた。その中では、マインドが最も重要である。マインドの中でも、パッション(熱意)、オーナーシップ、スピード感、コラボレイティブ・マインドが重要である」「現場が大切だ。問題があったら、まずその問題が発生している現場にすぐに行くべきだ」「僕の経営者としての悩みは、時間とエネルギーの使い方だ。これらの配分が難しい。

壇上の樋口氏の静かな口調の中からは、経営の現場の知恵が溢れ出ていて、受講生に多くの示唆を与えているのが見て取れた。予定時間の40分を大幅に上回り、1時間以上も喋ってくれた。そして、予定通り、質疑応答を受けることなく、降壇した。

僕は、そのまま車までお送りし、お礼を述べ握手をして別れを告げた。車の窓越しに「ヤスさん」が手を振っているのが、暗闇の中で見えた。スピーチで見せていた経営者の表情とは全く違う、リラックスした表情であった。留学時代のあのヤスさんの笑顔に戻っていたのだ。

僕の意識の中では、16年前に留学先で出会ったヤスさんのままで止まっていた。だが、本日のスピーチを聞いて、明らかに大きく成長した経営者「樋口泰行」がそこにいることを認識できた。

スピーチ前に立ち話をしている時に、「大変な方へ、大変な方へと流れていっているよ」、とボソッと本音っぽいことを照れくさそうに、漏らしていたのが印象的であった。今度会うときは、ダイエーの社長としての樋口泰行なのであろう。その時には、僕も、グロービスの堀義人として、成長した姿で会えたらと思う。

黒塗りの車がゆっくりとビルから出るのを見送りながら、そのように決意を新たにしている自分と向き合っていた。

2005年4月15日
グロービス・クラブを終えて
堀義人

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コメント(1)

  • 「愚直論」を読ませて頂いた時、掘さん執筆の「本」と同様の清々しさを感じましたが・・・やはりそういうご関係でしたか。納得しました。

    投稿者: 須永雄一

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