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2005年8月 5日 (金)

日本人・アジア人・地球人 中国人の友達との徹底討論(その2)今後の日中関係

中国人の友達は、グラスを片手に持ちながら、彼が幼少の頃から聞いてきた話しを語り始めた。

「日本軍が中国に攻め込んでから、親族も日本軍人によって殺された。南京での虐殺の話しも祖父から聞かされていた。虐殺のあとに南京に入ったが、人影がほとんど無かったとのことだ。日本軍はひどいことをしてきたと思う。

ただ、不思議なことに、日本人に対して好感を持っている人もいた。もう片方の祖父は日本語を喋るのだが、日本人には優しくされたと言っていた。基本的に優しい人々だと好感を持っているようだ」と。

そして友達は、「南京大虐殺に関してどう思うか?」、と聞いてきたので、僕は率直に応えた。「ある程度の虐殺はあったかもしれないが、中国政府が主張しているような数十万人という数ではない、というのが通説である。真偽は定かでは無いが、南京大虐殺は、ニュルンベルグ裁判でのナチスドイツによるユダヤ人虐殺のようなものを東京裁判でも必要となり、誇張して報告された、と思われているのだ」、と説明した。

中国の友達からは、「でも、虐殺が問題なのであって、数の問題ではないよね」とやんわりと指摘され、「仰るとおりだ。戦争中に起こったことについては、率直に日本政府は謝罪をしているし、僕も日本人として残念に思う」と伝えた。

僕からも色々と質問した。「中国で教える日本の歴史はどうなのか?」、「中国の愛国主義教育に関してはどう思うか?」、「最近の反日デモに関してどう思うか?」、 「愛国無罪というスローガンをどう捉えるべきなのか?」、「今後の台湾はどうなっていくと思うか?」など。友達は、彼なりの私見を淡々と、説明してくれた。

友達は、次の質問に対して初めて語気を強めて反論した。「ロンドン同時爆破テロにおける中国人の反応はどうだったのか?ファイナンシャルタイムズ紙によると中国語の掲示板には、1/3以上がテロに賛同しているようだと書かれているが、どう思うか」。彼は、「外国メディアは、中国に対して偏見を持っている」と主張していた。

僕らは、既にシャンパンのボトルを飲み終わっていた。お互いに、お水を飲みながら議論を続けていた。僕らの目の前には、紙と鉛筆が置かれていて、人名や地名の時には、筆談を交えながら、語り合った。

僕は、明治維新の流れから、日清、日露戦争、日韓併合、満州事変、そして日中戦争 に向けての歴史の流れを僕なりに説明してみた。彼からすると、違う国から見た歴史の流れは、新鮮味があるのか、関心を持っているようであった。そして、最近の日中関係、韓国を交えた北東アジアのあり方などが議論になった。

気がついたら、時計は夜中の2時半を指していた。結局、4時間半も議論してきたのである。僕は、翌日朝8時半から会議の予定であり、さすがにこれ以上残れなかったので、帰路に着くことにした。

第一日目は、このように二人で徹底的に議論をした。お互いこれだけ中国・日本に関 して議論をしたのは、初めてであった。

会計を済ませて、外に出た。がっしりと硬く握手をして、翌日(本日?)再会を約束 して、別れることにした。

翌日は、台風が直撃して雨だった。彼は、夕方フィアンセやお姉さまとともに、グロー ビスに来てくれた。グロービスのキャンパスを案内したあとに、僕の机の前で暫く談笑し、 グロービスのビジョンやビジネスモデルを説明した。

夕方6時半ごろに、タクシーで西麻布に向かった。ブッシュ大統領が来日した際、小泉首相と会食をした「権八」にお連れすることにした。その日は、お姉さまやフィアンセ、日本在の中国人の友達などが一緒だったので、明るい話題が多く、お互いの出身地や趣味の話などをした。

遅れて、参議院議院の浅尾慶一郎氏がいらした。友達と浅尾氏が議論しているのが、聞こえてきた。浅尾氏は、質問に答える形で、ドイツと日本の違い、さらには、ヒトラーと東条英機の違いを説明していた。

過去の話は語りつくした感があったので、僕らは未来に関して、つまり今後の日中関係のあり方に関して、議論をすることとした。

「まずは相互のコミュニケーションが必要だ。次の時代をつくっていく、リーダーの会をつくろう。日中(中日)友好フォーラム(仮称)のようなものを作ろう」、ということになった。

その際の、プリンシパルは、以下3つとしようということになった。

1)議論を通して相手の考え方を理解するように努力をする。
2)ただし、双方の見解に合意をしなくてよい。お互いの考えを率直に表明することに意義がある。
3)最終的には、未来志向で考えて行こう。過去のことは戻ってこない。お互いに直視した上で、未来に向けてポジティブに捉えて行こう。

その後も、旅行を通して議論が続いた。この議論を通して学んだことは、相互理解は片方が遠慮していても生まれない。率直な意見交換をしてしか生まれないということだ。僕らは、靖国問題、東京裁判、南京大虐殺、台湾問題、反日テロなどを全て語りつくしていた。その結果、お互いは全てを合意をしていないが、相手の主張や考え方を理解することができた。

その結果、僕の意識の中では、中国に対して親近感を持つようになったし、友達にも、日本に対して同様の気持ちを持ってもらえたのではないかと思っている。

彼らと別れた翌朝、世界水泳をテレビで観戦した時のことである。日本選手の活躍は、目覚しいものがあった。だが、日本選手が残っていなくて、中国選手のみが決勝に残っていた種目では、中国選手に親しみをおぼえ、応援している自分を発見していた。今まで、中国選手を応援するということは、あまりなかったのに、自分の心境の変化にびっくりしていた。

友達も、同様に日本を好きになって帰ってくれたと思う。今回のような率直な意見交換は、相互の理解・友好のためには避けて通れないものだと、痛感した。
僕らは、日本人であるとともに、アジア人でもある。日本のよい点を率直に主張しながらも、同じアジア人として相互に理解しあえるものだということを確認できたことが、僕にとっては有意義であった。

2005年8月5日
二番町のオフィスにて
堀義人

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コメント(11)

  • 相互理解は片方が遠慮していても生まれない。率直な意見交換をしてしか生まれないということだ。

    本当にそう思います。深くアグリー

    投稿者: ndb

  • 双方の見解に合意をしなくてよい。お互いの考えを率直に表明することに意義がある

    至言です、相手が合意しなくてもいいから伝えなければ始まりませんものネ、この点、日本の政治家、特に小泉さん、安倍さんにわかって欲しいです、「何故靖国に参拝するのか」自分の言葉で首脳だけでなく中国の人々に伝わる手段で伝えて欲しいです
    (__)

    中国選手に親しみをおぼえ、応援している自分を発見していた

    梵天丸もかくありたし(笑)

    投稿者: マルセル

  •  小生、亡くなった母親から、終戦後中国人は、大陸から引き上げる日本人に寛容であったと聞き、そんなイメージから温厚そうな周恩来首相を尊敬しておりました。
     最近の中国政府指導部は少々様子が違い失望しております。
     こんな状況を残念に思います。

    投稿者: ピカードパパ

  • 留学中の者ですが、韓国や中国からの留学生と、お互いの国について話をしたことがあります。
    英語という壁があるので、どこまで議論できたかはわかりません。
    でも、話し合った後に、妙なすがすがしさと、お互いへの親近感にも似たような感覚が芽生えたことは、韓国や中国からの友人も感じていたのだと思います。
    これからも、折を見て、率直な意見交換をしていきたいと、強く思っています。

    投稿者: Yusuke

  • こんなふうに個人的なレベルでの相互理解の努力が積み重なることで、色々なことが良い方向へ進んで行く、いつもそう思います。その意味で、一人一人、全ての人が主役なのですよね。

    そして相手の主張の全てを理解できなくても、相手の立場や考え方を認めること=相手を尊敬することに繋がる、それが一番大切なのだと思います。

    私は日本人として、堀さんがこのお話の①に書かれたことと全く同感で、この考え方を、他民族の方々に、例え理解できなくても認めて頂きたい、そう思います。そしてアメリカなどのキリスト教に根付いた民族(アメリカは民族?)の考え方やその他のたくさんの民族とその考え方を、人間としての立場を逸脱しないものである限り、私は否定しませんし、個性として認め、尊敬したいと思っています。
    トラックバックをありがとうございました。

    投稿者: doushi

  • 中国との未来の関係を中心に考える態度に共感を覚えます。
    ただ、このところの中国の若者の過激な反日行動を見ると、「愛国教育」のおそろしさを感じます。未来志向で考えるためにも、日本の「愛国教育論」も少し改めた方が良いのではないでしょうか。

    投稿者: トシピー

  •  今回のコラムは、非常に共感を覚えました。堀さんの歴史観は、最近の「教科書問題」以降、騒がれている軽薄なマスコミの論調に比べ、非常に奥深いものだと感じます。随分と勉強されておられるのではないでしょうか。

     靖国問題にしても、それ単体ではなく、東京裁判、南京大虐殺、台湾問題、反日テロなど様々な問題をどう捉えるか、という視点と絡みあっています。コラムを拝読して、すべてに一貫した「ものの見方」をお持ちですね。

     本当の信頼関係、友好関係を築くには、その場で迎合するのではなくて、堀さんのように、率直に、また冷静に将来のために議論をし合うという姿勢が大切だと想います。最近の政治家の迎合主義は情けないです。

     私は、学生時代に歴史研究にのめり込みました。先の大戦については、欧米列強のアジア侵略の中で、抵抗するという日本のポジションがあった訳で、その対抗手段として、アジアでの勢力拡大という方針を取ったという経緯があります。その使命を信じ、アジア各地でその国の人々と協力した人々もいれば、驕り高ぶって、非人道的な行為をした人々もいたと思います。

     どちらも歴史の真実なのでしょうが、私が最も感じるのは、過去は、その瞬間、瞬間で、見えない将来に向かって、不安を持ちながらも最善の選択をしようと努力した人々がいた、ということです。それを今の私たちが、「間違った選択をした」と批判するのではなく、その事実や経緯に学んで、今の選択に活かすことだと思います。「歴史を学ぶ」のではなく、「歴史に学ぶ」ということです。

     学生時代に、今回のコラムと同じような議論を、いわゆる在日韓国人の学友と夜中まで話しこんだとき、ある言葉がきっかけで、彼が私のむなぐらを掴んで、なぐりかかりそうな場面がありました。冷静に話しているつもりでも、彼の中では、「過去を正当化する許しがたい人物」となってしまったのでしょう。この問題は、ホントにデリケートな問題ですね。

     私もベンチャー企業を起こし、社会の役に立つ事業をしたいと願っている一人ですが、堀さんのような国際舞台で活躍するには至っていません。

     ですから、堀さんのような国際人が、今回のコラムのような深い歴史観を持って、世界の人々、とりわけ中国や韓国の次を担う世代の人たちと交流されていくことを、心より期待しています。

    投稿者: mabuyuka

  • 最後は、上記プリンシパル3か条に帰着するのでしょうね。

    突然表明されるアジアの国々の日本に対する憎悪の感情については、平和ボケしている日本人としては、いつも驚かされます。ただ、一方で中国特有の・・いわゆる大袈裟な表現と そこまではないでしょ・・といった日本の冷静な見方のすれ違い(南京の大虐殺)も重なって、日中間の見解が相容れないものとなっていると感じています。

    戦争については、(加害者、被害者/勝戦国、敗戦国)どちらも合意することのない議論になると考えています。いくら議論しても平行線のまま・・。先日、テレビで原爆の開発者が広島を訪れ、最後には原爆被害者と対談を行なった番組をやっていました。開発投下した本人は原爆被害者側の個人的な感情「原爆を投下して申し訳なかったと表明して欲しい・・」を前にしても「私は、決して謝罪はしない。真珠湾を忘れるな。」といっていました。
    戦争は身内の被害から生じる他者への憎悪=正義であるので、両者間で、私良い人、あなた悪い人といった正悪の結論は出るはずがありません。
    番組中の筑紫哲也さんが言った言葉が印象に残っています。「被害を受けた側は忘れない。」正悪ではなく、もっと感情的な部分で すれ違っているのだろうと感じます。

    旧大日本帝国(樺太、台湾、韓国、北朝鮮、ミクロネシア、中国東部(満州))での日本に対する憎悪の感情はかつての帝国での行動に反省すべきものがあったことを示唆していると考えます。その思いを我々の歴史として認識しているか・・?ともすると臭いものに蓋をする教育をされてきていないか・・?そんなことを感じています。
    近隣諸国はそこに苛立ちと反感の感情を持つのではないでしょうか?原爆を開発投下した人が被爆者に向かって正義を意味する言葉を発した時に感じた違和感と同じ様に・・。 感情的な面で・・。
    もちろん我々日本人は、国として謝罪の表明もしているし、経済協力もしているから、もう良いではないかと思っているのですが・・。
    中国の人達が言っているのを聞いたことがあります。「ドイツは許せる。キチンと歴史認識をし、謝罪をしているからだ。でも日本は許せない。歴史を認識していないからだ。」
    確かに、ドイツはナチス/ヒットラーという1政党、1人物に責任をまとめ、歴史上の1通過点として処理できているのは見事だと思います。日本は1天皇に責任を被せきれず、また、東条英機1人にも責任を負わせきれず、通過点として処理できないまま、口を閉ざしたようにも感じています。

    でも、今我々が進むべき道は、戦争の正悪を論じるのではなく、被害を受けた民族への感情的な思いやりの気持ちをもつことなのではないでしょうか。その上で、旧大日本帝国であった諸国とキチンとした歴史の事実を確認し合い、過去・現在の過ちをそれぞれが認識し合い(これは日本人のかつての蛮行のことではなく、近隣諸国と戦争し、侵略を行なったことへの反省です。また、思いやりの気持ちをもって歴史を認識することです。一方、中国については誇張された仮想敵国教育、チベットへの進行や台湾への干渉に対するものです。日本が侵略するのは許せないが、中国が進行するのはあたりまえであるという考えかたです。)それぞれが未来に向けての互いの繁栄のバランスをとっていくことではないかと考えます。
    とどのつまり、冒頭に書いたプリンシパル3か条が取れるべき道ということなのではないでしょうか。個人レベルでの日中の相互理解は非常に大切だと思います。期待しています。

    最後に、靖国神社が国家神道の中枢として大日本帝国で機能していたことを配慮すると、総理大臣の靖国参拝は身内の(日本国内の)正義であり、「被害を受けた側は忘れない」感情を刺激するかもしれない・・と感じます。

    投稿者: ひたちなか

  • 「典型的」な中国人が都合の悪い問題に接したとき、どのように話を進めようとするかを紹介しよう。

    一:まず甲という命題がある。
    二:甲を乙という命題に話をすりかえる。
    三:命題甲に関係ないことを話し出す。

    そしてたいていの日本人は命題甲から話がそれたことに気づかず、いいように中国人のペースに乗らされてしまうのだ。

    その一例
    友達は、次の質問に対して初めて語気を強めて反論した。「ロンドン同時爆破テロにおける中国人の反応はどうだったのか?ファイナンシャルタイムズ紙によると中国語の掲示板には、1/3以上がテロに賛同しているようだと書かれているが、どう思うか」。彼は、「外国メディアは、中国に対して偏見を持っている」と主張していた。

    投稿者: 楼主

  • 日本に住んでいる台湾出身のものです。
    靖国神社や戦争の問題には、よくアジアの国の感情などを持ち出させますが、最も避けてはならないのは、日本人自身がその戦争に対する考えではないかと思います。と言うのも、その戦争で犠牲になった(元日本国民も含めた)方々は、誰にその死亡に対する責任を求まるのでしょうか。日本の戦争責任をアジアの感情問題にすりかえるのは誰でしょうか。

    投稿者: リンゴの木

  • この件において、ドイツは戦後補償をやっていないが日本はやっている、という対比で語られることがあるが、残念なことだ。

    事情が違うのだ。
    まずドイツは、国家による国家への補償完遂など臨みうる状態ではなかった。なぜなら国家が分割され、1950年に入る前にすでに東側との経済格差時代に突入している。戦後すぐとは言え、元々が日本など及びもつかないほど社会インフラが整備されていたドイツに、マーシャルプランの過剰すぎる投資が凄まじい効果を生み、西ドイツはあっと言う間に大陸ヨーロッパで一番の資金を持ってしまい、援助金が直に銀行に入って再び流通し再び入るという、いわば国家的な貨幣バブルが起こっている。例えば、日本人が東京オリンピックを開く前に、彼らはすでに一村一スタジアムというとんでもない計画を達成していた。それが戦後のドイツスポーツ、特に体操とテニスとサッカーを支えたのだ。
    ここで国家補償など論ずれば(事実論じたのだが潰れた)、それはそのまま共産圏、つまりソ連に継続的な資金援助の実施を論ずることに他ならない。すなわちソ連の核開発に西ドイツが主体的に投資するという、ジョークをやろうという話なのだ。

    また、ドイツの戦費がユダヤ人個人からの徴発を元に成り立っていたことも大きい。初期はユダヤ人から金を剥ぎ、ドイツ外に追い出すという計画が粛々と実行していた。そしてそれを国費に充てていたのだ。
    金持ちをすっかり追い出してしまい残ったのは労働者だけであった。ここから悲劇が始まる。

    悲劇は終わり、ユダヤ人達はアメリカを後ろ盾にし西ドイツに個人保証を迫った。アメリカ自身が、自身らが徴発した財産に対しきっちり保証を行っていたという例も大きかった。

    戦後、ドイツが個人保証に大きく傾いたのは、そうすべきだったからであり、またそれしか許されなかったからである。ヒットラー一人の罪にしたなどという矮小化はとても受け入れられない。

    どうか、ドイツはうまくやったなどと思わないで貰いたい。
    西ドイツはスタグフレーションとその克服を絶えず繰り返し、共産圏と正面切って対決する役目、いやはっきり言えば勝とうが負けようが一番最初に死ぬ役目を負わされ、それも殺し合いをするのはまず同族であり、海を挟むどころか目の前に配置された核ミサイル(それも戦略核と戦術核の二段構え)、なかなかまとまらない西側核戦略、世界のどこかで紛争が起こると即多大な緊張を身をもって味あわされる(なぜなら核攻撃警報が出るから。ベトナム戦争一爆撃ごとに日本の街角にミサイル警報が出たことなどないだろう)、そんな国家がドイツだったのである。

    ドイツの戦後は東側との対決の尖兵としての歴史であり、あるいは西側への突撃の尖兵としての歴史である。そして今もなお、東西経済格差という形でそれは色濃く残っている。

    改めて言うが、国家が主体となって賠償すべきだったというのなら、ドイツはその国家がイデオロギーによって分割された国なのだ。

    日本とは事情が違うことをどうかわかって欲しい。

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