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2006年5月 8日 (月)

個人 ブータン旅行記Ⅲ-ヒマラヤ山麓の亜熱帯地域

翌朝、片道6時間かけてヒマラヤ山麓の亜熱帯地域に位置するプナカに移動することにした。

旅立ちに際して、僧侶による送別の儀式が行われた。宿の入り口で、僧侶にお経を唱えてもらい、聖水を口にしてお祈りをする。今度は、緑の紐を首にかけてもらった。昨日の子供の修行僧から譲り受けた黄色と、本日旅立ち旅の際にもらった緑の両方の紐が、旅行中ずっと首にかかり続けることになった。長生きと幸せのお守りらしい。

プナカへの道中は、150キロぐらいだから、距離としてはたいしたことがない。だが、道幅が狭く、車二台がやっと行き来できる程度である。しかも全行程6時間ぐらいだ。宿の人に聞くと、道が整備されていないので、車酔いをする人が多いという。

僕は、車中 i-podでクラシック音楽を聴くことにした。時間がたっぷりあるので、マーラーの交響曲を中心に聴くことにした。クラシックとブータンの景 観が合うかどうかはわからないが、車のガタガタ音をBGMにするよりは、よっぽど良い。

車は、首都のティンブーに向かう三叉路を越えてからは、登り道となった。出発して3時間程度で、標高3050メートルあるという峠のてっぺんに着いた。そこからヒマラヤ山脈が一望にできた。その場所で、トイレ休憩となる。とは言ってもトイレがないので、丘の上の木の陰で、青空の下自然のままに用を足すことになる。

頂きにあるストゥーパ(仏塔)に登り、暫く景色を眺めることとした。絶景である。手前に2、3の緑の山のうねりがあり、その上から威厳をもって聳え立つ白い雪を頂いた黒い山々がある。左から右まで180度以上のパノラマである。初めてみる7000M級のヒマラヤ連峰だ。

ブータンで一番高い山であるガンカー・プエンサム山(7541M)の頂も見てとれた。ただ、一番高いと言っても、連峰が全て6000M〜7000M級なので、山と言うよりも、頂き(Peak)という感じであった。

壮大にて、絶景である。この感動を誰かと分かち合いたいと思った。次に来るときには、子供達を連れてきたいと思った。やはり、世界の広さと雄大な自然を感じさせることは、子供達にとっても、重要なのではないかと思えたからだ。

ガイドのニドゥが、「お前はラッキーだ。普段は雲にかかって山の頂が見えないのだ。今日は、全てが一望にできる。こんなことは、滅多にない。見えるのは、年間をでもこの春と秋だけで、月に2,3回しか見えないのだよ」、と説明してくれた。

ニドゥが続けて、「あの山の手前までがブータンで、向こう側がチベット(中国により占領中)である」、と指しながら教えてくれた。チベットを近くに感 じられた。確かにチベット難民の集落を途中で通りすぎた。ブータン人はチベッ トに対しては、好意的である。
車に乗り、山を越えると、そこから一挙に急な下り坂となった。心なしか日差しも強くなった気がする。山を越えると植生も変わる。今までは、松、ポプラ、楓などが主要だったのが、山のこちら側は、亜熱帯気候であるので、見た ことがない木々や植物が見てとれた。

1時間強ほど山道をくねりながら降り、平坦な道になった。川沿いに左折すると、あと1時間弱でプナカであった。プナカは、標高1250Mである。峠 の頂から、1800メートル近くを一揆に1時間ちょっとで下った計算になる。

プナカは、亜熱帯地方に位置するので、1950年代までは、ブータンの冬の首都として使われていた。春になると、夏の首都のティンプーに移動するという具合に、交互に行き来していたらしい。現在は、ティンプーが通年の首都として位置づけられており、行政機能は、年間を通して移動しない。だが、僧侶は今でも冬の間はプナカにいて、夏になるとティンプーに移動するという。僕が訪問した時期は、ちょうどティンプーへの移動の1週間前の時期であった。

確かに暖かい。着ていたヤッケを脱いで半そでになった。プナカの街中を通り過ぎ、暫くして宿に着いた。そこで昼食をとり、すぐに外出することにした。

目的地は、プナカ・ゾンである。プナカ・ゾン(古城)は、17世紀にブータンを統一したシャブドゥン・ンガワン・ナムゲルによって1637年に作られた古城である。シャブドゥンは、冬の間そこに居を構えていた。そして、57年間の人生の最期をここで瞑想したまま終えたのである。ブータン密教の総本山且つ聖地である。あのチベットのポカラ宮殿よりも年代的には遡って建てられているのである。

プナカ・ゾンは、二つの川が交わる場所に立てられている。外には、紫色美しい花が咲き乱れていた。川にかかっている伝統様式の木製のつり橋を渡り、プナカ・ゾンの階段を上がっていった。

門をくぐり、中庭に入ると、真ん中にウチェと呼ばれる塔が目に入った。その塔の前に、美しい菩提樹が、植林されていた。ゾンは曼荼羅模様に位置づけられており、その真中に位置するのが、塔である。そこを時計回りに、訪問するのが習慣となっている。

ここには、ブータン密教の修行僧が数百人ほど住み、学んでいるという。お経の読み方から始まり、法具の使い方、笛・太鼓などの音楽などが履修カリキュラムになっている。ブラッド・ピット主演の映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット(チベットの7年)」に出てくるシーンを思い出す。

一番奥に巨大な講堂が配置されている。そこには、三つの仏像が置かれていた。真中に仏陀で、左にブータンに仏教を伝来させたグル・リンポチェ、そして右に、ブータン統一の祖、シャブドゥンである。この「グル・リンポチェ」と 「シャブドゥン」は、どこに行っても名前が出るブータンのスーパー・ヒーローである。日本でいう、空海と信長であろうか。

その講堂では、宗教儀式が行われていた。赤茶色の僧衣に身を包んだ「学生」が、赤茶色と黄色の袈裟をかけた「先生」から学んでいるシーン である。これほど近くから眺められること自体が、稀有な体験である。以前は、外国人の出入りが厳しかったようだが、最近はゆるやかになってきているらしい。本当にラッキーである。

赤茶色の僧衣をまとった僧侶が、二列づつ向かい合って並び、それぞれの役割を演じていた。太鼓の音、笛、そして経を読む声。線香の香り、右左に動かす体、耳から聞こえてくる音や声が、心にズンズンと強く訴えかけてきた。密教独特の、五感に訴える宗教儀式であった。

その講堂の脇に、マチェ・ラカンという、誰も入れないお堂があった。空海が高野山で入定したように、シャブドゥンもこのゾンの中で、瞑想をしたままの姿でこの世を去り、そのままの姿が安置されているというのだ。その姿を見ることが出来るのは、国王だけだと言う。

僕は、太鼓や笛の音を聞きながら、ゾンの裏手に回ってみた。そこからは、二つの川が交わる姿が見てとれた。そして、その背景は雄大な緑の山々であった。

「このまま、ずっとここにいたい」、という気持ちで、その寺院の中に2時間程居続けた。自らも目をつぶり、座禅を組んだり、手を合わせてお祈りを捧げたりした。後ろ髪を引かれる思いをしながらも、プナカ・ゾンを後にすることにした。もう一つのプナカ訪問の目的を果たすためである。

標高1000Mながらも亜熱帯地方に位置するプナカである。ここでは川で泳げるのだという。

僕は、二日前に空港に到着するなりニドゥに、「プールで泳ぎたい」と言った。 ニドゥは、「ブータンには、プールは無いんだよ」と残念そうに教えてくれた。

僕は、あきらめずに更に突っ込んだ。「だったら、みんなどこで皆泳ぐのさ」 と問いかけてみると、答えがビックリだ。「皆、川で泳ぐんだ」。 「これは、楽しそうだ」。僕も、小さい頃、茨城県の久慈川や那珂川の上流で何度か泳いだことがある。

ニドゥに、「僕も川で泳ぎたい」、と伝えると、「プナカに行くんだったら泳げよ」、と。その一言で、当初は旅程に入っていなかったプナカまで、来ることになったのだ。

プナカ・ゾンを出たのが午後4時ぐらいである。まだ日差しが強い。宿にほど近い川岸に車がとまった。近くには、雪を頂いたヒマラヤ山脈が見える。

昼食時に、宿の英国人マネジャーに、「川で泳ぐんだ」と自慢したら、ヒマ ラヤの山を指しながら、「あの雪解けの水だから冷たいよ」と言ってくれた。 でも、そんなの気にしていられない。プナカの川での一泳ぎが楽しみで、ここまで来たのである。

ランチの時に水着に着替えていたので、僕はズボンとTシャツを脱ぎ、 靴をぬぐだけで、水着姿になれた。川幅は50Mぐらいある。深さは、1メート ル強で、川の真ん中の方は、流れが早そうだ。水に入ってみた。足に、じんじんとその冷たさが、伝わってくる。

「そりゃそうだ。亜熱帯とはいっても、雪解け水だ。プールで一泳ぎの軽い感覚では、いくわけがない」、と自分に言い聞かせながら、何度かトライするが、膝までしか入れない。そこに強い助っ人が登場した。ブータン人の宿のスタッフである。彼は、伝統衣装のゴを脱ぎすて、パンツ一丁となって、泳ぎ始めたのである。最初は、川上から川下まで30Mほど泳いでみせてくれた。

僕も、負けてられない。同じように、川上から川下に泳いでみた。何とか泳げ たが、まだ体が暖まらない。外の空気に触れると、逆に暖かく感じるぐらい水の方が冷たいのである。

気がついたら、運転手のセレンもパンツ一丁になっていた。今度は、3人で川を渡ることになった。ブータン人2人が、手本を見せるように、川を渡り始めた。川の勢いが強く、2人とも流されてはいたが、何とか向こう岸に着きそうであった。

僕も、意を決して泳ぎ始めた。川の流れを感じていた。「ここで足がつったら、川の勢いに流されてしまうのでは」、という不安が胸をよぎった。その恐 れを振り切って泳ぎ続け、向こう岸に辿りついた。実に気持ちがいい!

思わず、喜びが体中からこみあげてきた。ブータン人の仲間二人も、丸くなりながらも、僕の方を見ていた。彼らも、同士を得たような面持ちで、嬉しそうだった。そりゃそうだ、ちょっとした冒険をした仲間なのである。

子供のように、笑顔のまま向こう岸を見る。ガイドのニドゥと宿のスタッフが、微笑ましそうに見守ってくれている。

体も冷えてきたので、再度川を渡ることとした。流されてもいいように、川上に歩いていったが、石がツルツルして思うように歩けない。多少の危険を承知で、みんなで泳ぎ始めた。僕も、追随した。必死に泳いで、向こう岸に着いた。何と言う達成感だろう。そもそも、川で泳ぐなんて、この30年近く経験がない。しかもヒマラヤの麓のブータンである。実に気持ちがいい。

ガウンに身を包み、そのまま宿に戻り、部屋でゆっくりとした。鳥の囀りが聞こえてきた。開いた窓からは、暖かい風が入ってくる。虫の泣き声が聞こえてくるし、蚊も飛んでいる。山の麓には、棚田が続いている。日本の夏の田舎の光景を、思い出させてくれる。

あたりが暗くなり始めたので、夕食をとることにした。
再度ブータン料理に挑戦した。一泳ぎしたからなのか、今度のは美味しく感じられた。


2006年5月2日
(プナカの光景を思い出しながら)
バンコクから成田に行く途中で執筆
堀義人

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