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2007年10月 3日 (水)

日本人・アジア人・地球人 大連ダボス会議参加報告 - その2:ニュー・チャンピオンが集う「夏のダボス会議」

この大連のコンファレンスは、「夏のダボス会議」と呼ばれている。「冬のダボス会議」は、文字通りスイス国、ダボスのスキー・リゾートで開催される。僕も何回か出席した。
「ダボス会議報告」コラム参照

冬のダボス会議は、世界を動かす政治家、大企業経営者、学者などが集うのに対して、夏のダボス会議は、若手の「ニュー・チャンピオン」を対象とするという違いがある。開催地も、冬は欧州スイスであるのに対して、夏はアジアを意識しているようだ。

今回は、第一回目の夏のダボス会議である。中国が積極的に誘致活動をした結果、第一回目は大連に決まり、第二回目も天津での開催が確定している。中国が当初より二回連続開催することをコミットするように強く要請したようであった。

中国は北京のオリンピック、上海の万博に続き、大連と天津の二回のダボス会議の誘致に成功したことになる。残念ながら日本政府は、このダボス会議の価値を認識していないのか、全く関心が無いようである。昨年、東アジア経済サミット(地域版のダボス会議)を東京に招致したときには、政府は負担せず、結局民間の団体である経済同友会が60百万円近くの補助金を出したと聞かされた。

韓国、マレーシア、シンガポール、中国、そしてインドはこのような会議の開催に大変熱心だが、日本だけが取り残されている感じがする。約2000名の世界のトップリーダーが集まるので 、日本の魅力を売り込む絶好のチャンスなのだが、無念である。

日本人参加者は、悔しいながら、中国で 「アウェー」環境の中、戦うことが余儀なくされる。このような会議の場は、「世論」というものを形成する場でもあるのだ。ここで発言されたことにより、トップリーダーの考え方が影響を受け、有利な発言をリードした国、企業、人が実質的な指導権 を得ていくのである。ホームで開催できるとそれだけ良いインパクトを与えやすくなる。中国はその価値をよく理解していた。

夏のダボス会議は、主に、以下のコミュニティの方々が集う場となっていた。

1)ダボス会議の正会員:売上高5000億円を超える大企業が中心。現在会員は1000社程度。うち、日本企業は40社程度。日本からは、日本郵船、ソニー、森ビルなどの大企業が所属している
2)Global Growth Companies(GGC)世界の成長企業:急激に成長している中堅企業の経営者を対象としたコミュニティ。世界で100社程度が選出された。僕は、この枠組で夏のダボス会議に参加した。他には、マネックスの松本社長、ガリバーの羽鳥社長、ザインの飯塚社長などが加盟。更には、ユニゾン・キャピタル、アドバンテッジ・パートナーズ、MKS、SBIなどのファイナンス系の会社も所属している。
3)Young Global Leader(YGL):40歳以下のリーダー向けコミュニティ。世界で400名近くの方々がいる。任期は3年間である。日本からは、政治家の川田龍平氏浅尾慶一郎氏、横浜の中田市長、起業家としてはオイシックスの高島社長、他には指揮者の西本智実さん、そして、ソフィアバンクの藤沢久美さんなどである。弊社の岡島悦子も選出されている。(^^)
4)他には、ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)、テクノロ ジー・パイオニア(技術先駆者)という、枠組みで選出された方々。
5)そして、他招待者である。主に、政治家、学者、起業家、メディア、 芸術家などである。
日本からは、学者として、竹中平蔵氏 、内閣特別顧問の黒川清氏、一橋大学大学院の石倉洋子教授などが、このカテゴリーで招待されている。メディアとしては、朝日新聞の船橋洋一氏など、政治家は残念ながらほとんど来ていなかった。

夏のダボス会議は、上記の2〜5が、冬よりも多く比較的若手が中心となっている。つまり、夏は若手、新興系が中心でアジアで開催され、冬は年配、大企業や政治家が中心でダボスで開催される。そのように差別化をしているようであった。

9月5日の夕方からダボス会議が始まった。僕は、「世界の成長企業」(GGC)の一員として、その夜のディナーに招待された。ダボス会議の創業者であるクラウス・シュワブさんが主宰の晩餐会に参加できるのは、とても光栄なことである。

隣に座った方は、エア・アラビアというドバイを「ハブ(核)」とする格安航空会社を起業した方である。初年度に黒字化して、4年目に上場を果たしたという。こういう方と食事をしながら、世界の動きを肌で感じていけるのだ。僕は、積極的に多くの方とネットワークをすることにした。

翌日、9月6日からは、正式に夏のダボス会議が始まった。僕は、サンダーバード・ビジネス・スクールの学長とホテルで朝食をとった。この会議には、世界から多くの人が集まっているので、インフォーマルな会議を行うには、格好の舞台なのだ。

その後二人で、メイン会場にバスで移動した。バスの窓から外を眺めると、街は綺麗に整備されていた。工事現場には、「夏のダボス会議の成功を祈る」と大きな横断幕かかっており、タクシー後部の窓の上方には、「夏のダボス会議熱烈歓迎」と書かれていた。市を挙げて、この会議を盛り上げようとしていることが良く理解できた。

交通量も少ない。どうやら曜日によってナンバーの末尾が偶数のみ走れる日と、奇数のみ走れる日とに分かれているらしい。だから普段の半分しか走れないので、比較的にスムーズに会場に着くことができた。

会場は、「星海広場」という、だだっ広い公園の中に位置するエクスポ・センターというところで開かれた。とてつもなく大きい会場である。受付を済ませ、大きなエスカレーターで二階に上がり、メインホールに入ると、われらが竹中平蔵さんが加わっているメイン・セッションが始まっていた。

このようなメイン・セッションに日本人のスピーカーがいることは、歓迎すべきことである。竹中さんの流暢な英語で、積極的に発言されていた。

その後、分科会に分かれることとなった。僕が最初に参加したのは、「イノベーション・ヒートマップ」という2時間15分にわたるクローズドなワークショップのセッションである。最初に全体討議を行い、目的を説明し、その後少人数に別れて議論し、最後に全体で議論をする、というグロービスのクラスに似た雰囲気のセッションであった。

ランチタイムは、ベンチャー・キャピタル・セッションである。グロービスのファンドの投資家も参加していた。そしてランチ後は、参加者と大きなラウンジで意見交換をした。多くの参加者がいるので、その中で情報交換するのはとても楽しいのである。

午後3時からは、温家宝首相とのディスカッションである。早めに会場に向かい、温家宝首相の最前列の、真ん前に陣取り話を聞くこととした。通訳を入れてのシュワブ氏との対談形式で話が進んだ。その後、質疑応答の時間になったので、すぐに手を挙げたが、結局指してもらえなかった。残念。

そのセッションには、竹中平蔵さんも参加していたので、その後二人でお茶をすることにした。竹中さんはご多忙なので、日本ではこのような時間を過ごす事は困難だ。だが、ここはダボス会議である。図々しくも一時間ほど、政治に関することなどの意見交換をさせてもらった。(^^)

UAE国ドバイの首長のシェイク・モハメド氏のスピーチが予定されていたので、拝聴しに会場に向かうことにした。中近東のヨルダンで開かれた会合で、このシェイク・モハメド氏のスピーチを聞き、大いに刺激を受けたことを覚えている。実質的に、この方が今のドバイの繁栄を築いたのである。シンガポールの元首相である、リー・クワン・ユー氏のような方であろう。

夜は、ソワレがあった。大連市長の挨拶で食事が始まった。僕の隣に座られたのが、前駐日カナダ大使で、現駐中国カナダ大使である。大使の立場から見える日中の違いを伺うことができて、実に有意義であった。

食事の後、舞台の上で、2時間にわたる演目が繰り広げられた。それこそ、「中国の持てるものを全て披露します」、という意気込みにあふれる内容であった。歌、踊り、オペラ、アクロバット、自転車曲乗り、空中ブランコ、サーカス、手を使った演劇、カンフー、そして最後は京劇である。舞台で演技をしている方からは、「中国の良さをみんなに見せたい」、という熱気と真剣さが感じ取れた。

これが、中国の今の熱気を象徴するものなのであろう。皆、一生懸命に中国の良さを伝えたいのである。会議を手伝っている学生のボランティアに聞くと、 皆一様に、「中国の良さを世界の人に知ってもらいたい、という気持ちでこの会議に無償で奉仕している」、と言うのだ。

ソワレが終わり、バスでホテルに戻った。この会議の熱気を冷ますために、ゆっくりとシャワーを浴びて、ベッドに向かうことにした。

2007年10月2日
二番町のオフィスにて執筆
堀義人

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コメント(2)

  • いつもエネルギッシュに且つ心に燃えるものを持って活躍なさっている姿にとてもうれしく拝読させて頂きました。今カリフォルニアのリバーサイドに滞在しているのですが、跳ね返りの娘がUCRの巣額の助教授をしていて古屋を買ったというので見に来たのです。女一人で一軒屋を買って暮らすと言うことはアメリカでも、勇敢な女性と(しかもどこから見ても16歳にしか見られないので、余計)と言われるのですが、幸いこの娘は疑問を疑問で残さない、と言う性分であった為、全てエリートコースと言われるものでやって来たのですが、結局日本では収まりきれないという事なのでしょうか、、、。   彼女のぼやきは、質問しない、発言しない日本人、、ああ勿体無い、あんなに出来る人なのに、、、という事です。そんな彼女は必要以上に跳ね返りになってしまった理由として”出る釘はうたれる、公立の教師に世界的な視野を持った人が少ない、人前で話す事の練習をさせる授業が無い、子供に夢を持たせるための教育が重視されない、親も国際的な環境に無い”など、すぐにでも改善されなければならない事が沢山ある事は私も同感です。 身近な事としては地区会館を利用して月一度でもイランの人々の暮らしと国を知る会、等と銘打って個人的にでもやるしかないかな、と考えています。 当地では様々な国の出身者がいて、話せば話すほど、その歴史や文化を、又今置かれている状態が、国民が望まないにも拘わらずこうなってしまっているなど、理解してあげなければと思います。 これからもばしばし本音を聞かせて下さい。 

    投稿者: 勝子

  • 勝子さん
    コメントありがとうございます。m(__)m このようにコメントを頂けると書く意欲がわいてきます。これからも頑張ってコラムを書き続けたいと思いますので、よろしくお願いし ます。m(--)m

    投稿者: 堀義人

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