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2009年8月25日 (火)

家族人 礼儀作法と躾の子供囲碁合宿〜1)合宿参加までの流れ

「子供と一緒に行動してもらいますよ」と電話越しに関西弁の口調で確認をされ、僕は、あまり深く考えずに、「いいですよ」とお答えした。その瞬間に囲碁合宿への参加が確定し、ここ最近経験したことの無いような、体育会的な厳しいノリの合宿に子供たちと参加することになったのである。

ことの発端は、8月の2日、3日に開催された少年少女囲碁大会の団体戦に遡ることになる。一日目の予選リーグの3戦目に、友達がいる白金小学校が(我が3兄弟とは、東京都大会の決勝でも戦い、翌日の全国大会の決勝でも戦うことになるのであるが)、予想外に苦戦していた。対戦相手は京都の小学校であった。三将は京都が勝ち、副将は東京の白金が勝った。そして、主将戦が、激戦であったのだ。早々と勝ち名乗りを上げて、決勝トーナメントへの進出を決めていた堀3兄弟チームは、白金小チームの応援に向かい、主将戦に張り付いていたのだ。そのときに、親しくなったのが、京都の副将の雄貴君であった。次男と同じ副将で、しかも同じ小学校4年生同士ということもあり、すぐに親しくなったのである。その決戦は、結局東京が勝利を収めて、京都は敗退となった。

雄貴君は、翌日の団体戦の決勝トーナメントにも応援に来てくれ、その後の2日間は、個人戦の大会そしてその観戦と、合計4日間一緒にいたのである。当然、子供一人では東京に来られないので、親も休みを取ってくることになる。地方の参加者にとっては、全国大会への参加は、夏休みの一大旅行になるのである。事実、雄貴君のご家族は一家5人総出で東京に来ていた。雄貴君とお父さんは、4日間、日中を大会の会場となる日本棋院で過ごし、お母さんと姉妹の二人は、ディズニーランドに行ったり、買い物をして楽しんだりすることになっているのだという。

子供同士が親しくなると、監督責任がある親同士も親しくなる。最初は、ぎこちなくではあるが挨拶をし、その後暫くして話し出すのである。雄貴君のご両親と僕とが、京都の大学の同窓であり、且つ同じ時期にキャンパスにいたことがわかると、さらに親近感をおぼえてくるのである。

そして、大会期間中ということもあり、話題も子供の囲碁のことになる。「どうやって雄貴君は囲碁で強くなったのですか?」と聞くと、「京都市内に藤田塾(その後今分喜行氏が独立して京都囲碁道場を開設)子ども囲碁教室という子供向け囲碁教室があって、室長の今分(いまぶん)先生が毎月指導碁に来てくださっているんです」と返答があった。その教室の室長を務める今分(いまぶん)喜行先生も個人戦の大会に来られていたので、雄貴君のお父様に紹介していただきご挨拶をさせて頂いた。

雄貴君のお父さんが、「毎年夏に藤田塾(*同前出)で子供向け囲碁合宿をやっているので、お宅の息子さんも来ませんかね?」と誘われたときに、たまたま雄貴君と次男・三男がそばにいたのが、運のつき。我が家の子供たちは、「行きたい!」と叫び、雄貴君は「絶対来てや〜」と呼応する。

そうは言ってもロジが難しいのである。たまたま合宿予定日は、僕の夏休み予定日と重なっていたので、日程的には問題ないのだが、開催地が岐阜の山奥である。京都の子供達は京都から貸し切りバスで来る予定であったので楽だが、東京からだと、子供だけで行かせるわけには行かない。大人が現地まで送り届ける必要がある。また、どうせならば、次男、三男と一緒にできたら四男も連れて行きたいのである。四男は、来年小学校に入学する予定なので、卒業する長男に代わり、小学校代表チームに入る可能性があった。但し、我が小学校は、日本棋院のお膝元に位置するので、小学校の中に多数の強豪棋士がいる。是非とも入学前に鍛えておきたいという気持ちがあった。でも、あまりにも小さいから参加は、難しいのでは、と思っていた。

ふと合宿の参加概要を読んでいると、料金のところに大人料金と書いてあった。「あれ、大人も参加可能なのかな?」と疑問に思い、今分先生に「大人も参加可能なのですか?」と聞いたのが、冒頭のやりとりであった。そして、その場で、「子供と同じ行動をとるならばいいですよ」ということになり、大人1名と子供3名の合計4名での参加が決まったのである。

藤田塾(*同前出))のことをウェブで調べると、古くは戦前の吉田塾にまで遡ることができる名門である。藤田梧郎さんという京大出身のプロ棋士が、吉田塾を1984年に藤田塾(*同前出)に改名したと記載があった。友達のプロ棋士に藤田塾(*同前出)のことを聞くと、「礼儀作法に厳しいいいところだよ」と返事があった。

確かに実績も凄い。今年の高校囲碁選手権の優勝者。昨年、一昨年の少年少女囲碁大会の中学の部の2連覇など、全国に名が通った強い棋士が数名いた。今年の団体戦の中学の部の優勝も、京都の洛南中学であった。

今年で、夏合宿は31回目という歴史もある。東京の囲碁の事情はある程度わかっていたが、他の地域の囲碁事情にも興味があった。

昨年までは、豪州のパースで英語の訓練と欧米異文化体験をしてきたが(コラム:パース滞在記 - その1:堀家の教育方針を参照)、今年は、こういう経緯で、岐阜の山奥で、礼儀作法と囲碁の夏合宿を体験することになったのである。

その2)につづく

2009年8月23日
自宅にて執筆
堀義人


(*)藤田塾を主に運営していた今分喜行さんが、2014年7月に藤田塾を辞められて、「京都囲碁道場」を設立されました。藤田塾は、未だに京都本部にて継続運営されている由ですが、運営の主要メンバーや教え子達の多くが京都囲碁道場に移籍されています。

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