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2010年3月31日 (水)

家族人 四男との父子二人旅

ふるさとである水戸市に、四男と父子二人旅をした。その日の東京は、冷たい雨が降っていたが、僕らは気にせずに、傘も持たずに、家を出た。

上野駅発朝10時のスーパーひたちに搭乗した。途中ずっと雨だが、水戸の近くになると、不思議と雨は止んでいた。今にも降りそうな空模様であったが、何とか持ちこたえていた。ただ、その分どんよりとした天候で、空気は冷たい。

水戸駅を降りて、水戸黄門こと徳川光圀公の銅像の前で、ビデオをまわす。両脇を助さん、格さんが固めていた。坂を上り、藩校である弘道館の跡地にある母校の三の丸小学校に着いた。「ここがパパが通った小学校だよ」と説明する。藩校の跡地にできたので、藩校時代からの白い壁が修復され、三の丸小学校をグルッと囲っていた。

その壁をつたいながら歩くと、弘道館の入り口に着いた。二人で見学をする。この藩校は、西郷隆盛に多大な影響を与えたという藤田東湖氏が徳川斉昭公の命で作られたものだ。最後の将軍、徳川慶喜公もこの地で学んだ。庭では、桜が咲き始めようとしていた。

水戸城の二の丸の地に立つのが我が母校水戸二中である。この地で、徳川光圀公が大日本史を編纂した。いわゆる水戸学の発祥の地である。つまり、明治維新の精神的支柱は、この地でできたのである。

四男と一緒に手をつないで歩いていたのだが、とても寒かったので、手袋を取り出し、片方の手袋を四男に渡した。そして、片方の手に手袋をして、手袋が無い手と手をつないだ。四男がするとダブダブとなる手袋が印象的だった。

そして本丸である水戸一高に到着。ここで校舎の中に入り、受付で校長先生にアポ無しで面会を求めたら、偶然にも目の前を通りかかったので、そのまま校長室へ誘導された。教頭先生も来られたので、しばらく談笑ながら暖も取らせていただいた。二人とも水戸一高の先輩でもある。本来ならば、とても恐縮してしまうのだが、たまたま今年2月に、東京で開催された同窓会で僕がスピーチをした際に、校長先生が聞いてらっしゃったので、厚遇されているのだ。

校長先生からは、6月にも母校でのスピーチの要請を受けていたので、その打ち合わせを兼ねての会合だった。四男は、その間キョロキョロしながらソファーの上で、ポンポンと弾むのを楽しんでいたが、だんだんやることが無くなってきているようだった。

そこで、校長先生に丁重に挨拶をして、母校を後にして、日本三大庭園の一つ、偕楽園へ向かった。日本で初めてラーメンを食べたと言われる水戸黄門にちなんだ光圀ラーメンを食べ、梅の花が咲く公園内を散策後、千波湖畔へと足を運んだ。湖畔から吹く風がとても冷たい。新しくできた「好文カフェ」でホットココアとジンジャーティーで体を温めた。

そして、近くの遊具で遊び、D51の機関車に搭乗した。「桜田門外の変」のロケ地の前でビデオを廻した。すると雨が降り始めたので、好文カフェに戻りタクシーを呼び、湖畔の高台に位置する実家を見せてから、水戸駅へ向かった。

特急の発車時刻まで時間があったので、二人でこっそりとマンガ喫茶を体験した。僕は、ネットで一瞬仕事をする。四男は、ゲームを借りてきて何やら遊んでいるようだった。そして、水戸駅よりスーパーひたちで東京へ。四男は車中熟睡していた。

四男は、兄3人と弟1人に挟まれているので、常に兄弟喧嘩に巻き込まれている。四男が2歳の時に五男が生まれたので、早くから自立することが要求されていた。「今日は、一日思いっきり一人っ子の気分で甘やかせてあげたい」、と、そう僕は思っていた。

上野駅に着いた。普段なら叩き起こすところだが、眠っている四男をそっと抱き上げて、抱っこしたままホームに降り立った。知らぬ間に重くなっていた四男をそのまま抱えて、ホームを改札口まで歩いていった。しばらくすると目が醒めたようだったが、僕はそのまま抱きかかえて歩き続けた。

小学校入学前の父子二人旅は、五男一人を残すのみとなった。

2010年3月24日
自宅にてつぶやいたものをもとに加筆・修正
堀義人

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コメント(1)

  • ここのところ、ずっとお正月を奥日光で過ごしていたのですが、今年は飽きてしまい、近場で知り合いもいる水戸市内のホテルに二泊して、お正月を楽しみました。
    大晦日は、知り合いのセッティングで、三の丸小学校近くの料理屋さんで軍鶏鍋をいただきました。
    そのほか、砂肝のお刺身とか、鰻の白焼きとか堪能しました。
    元日は、偕楽園にある神社に初詣に行きました。
    長い列に、割り込んだりする人が一人も無く、さすが水戸家の武士の街だとの風格を感じ、好感を持ちました。
    小泉信三さんの名著、海軍主計中尉小泉信吉、という戦争で失った長男を追悼する書がありますが、その中で、信吉さんがまだ小学校前のよちよち歩く頃、二人で近くの縁日へ出かけた時のくだりが描かれていますが、言葉少なくひたすら父親の手を握り、夜店の珍しい光景を楽しむ信吉さんを描いて涙を誘います。思わず、その一文を思い出しました。
    今は、戦争へ行かなくても良い時代になりましたね。

    投稿者: No.6

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