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2010年3月18日 (木)

政治・社会 世代の責任、リーダーとしての自覚

先日執筆した「オピニオン:『評論知』と『実践知』」に藤田さんという方から以下コメントがあった。

「より具体的に、法令や社会制度をどのように変えるべきか、いわゆる『政策提言』をされるお考えはありませんか。例えば『格差社会』について論じるだけでも、所得税、相続税と贈与税、子ども手当など、具体的に議論すべき多くのイシューがあると思います。その方がより建設的なオピニオン形成につながるのでは、と思った次第です」。

簡単にお答えしよう。

僕は、今まで「政策提言」には、興味が無かった。なぜならば、一生懸命に提言をしても、実行されなければ徒労に終わるし、そもそも実行させるだけの政治力も無い。つまり、投資時間や労力に対するリターン(ROI)が低いと感じてきた。

そこで、提言をする代わりに、自らが行動で示し、自らが社会変革を起こそうという気持ちでやってきた。具体的には、教育を問題と捉えれば、自ら大学院を創るし、産業の創出が必要ならば、ベンチャーキャピタルを通じて企業創出のお手伝いをする、社会に経営知が必要と考えれば出版も手がける、という具合だ。個人としては、少子化が問題ならば、自らが人口を増やそうとし、そして、その行動を「起業家の風景」に記したり、新聞・雑誌媒体にも必要に応じて出て、アドボカシーとしての役割を果たしてきたつもりだ。

その率先した行動が、周りを巻き込み、大きなうねりになるのではと思ってきた。グロービスがビジネススクールを作ってから、その後多くの大学が参入した(グロービスの動きとは関係ないかもしれないが)。投資によって、ワークスアプリケーションズやグリーなどの企業が輩出され、ロールモデルとして世の中を変えている、という風にだ。

1998年9月にブログを書き始めた際に、初心を「ブログの執筆にあたって」に書き記した。機会があったら読んで欲しい。そこには明確に、「社会への提言ではなく、自分の身の回りの出来事をもとに自らが何をすべきかを中心に捉えたい」と書かれている。そして、次のとおり記載されている。

「『政府は、減税すべきだ』、『自民党は、財政再建よりも金融システムの維持をすべきだ』などという政治家や評論家かぶれの政策提言的な論調はとらない。とても偉そうだし、実行を伴わない提言ほどむなしく感じるものは無い。『起業家の風景』では、常に身の回りの出来事から、身の丈にあった視点で、自らが実行できる範囲でメッセージを送りたい」。

その精神に則り、「起業家の風景」を12年間書き続けた。そして、今年新たに、「起業家の冒言」を始めた。つまり、オピニオンだ。その経緯は、「オピニオン:一人一人の言動が日本を変える」の冒頭に説明をしたとおりだ。

事実、「起業家の冒言」を書き始めてから、このツイッター上でも激論の連続である。敵も作ったし、嫌われてもいるし、傷ついた人もいるし、恨んでいる人もいるかもしれない。でも、そうは言っていられない。

もう、僕も日本の方向性に責任を負う年齢になってきた。日本のリーダーの一員としての自覚を持たなければならないのだ。僕が最近よく使う言葉で、「世代の責任」というものがある。緩やかな衰退期に入り、諸問題を抱える日本を僕らの力で、更に活力がある国にする必要がある。

70歳代の財界の大物が、「この国の政治はヒドイ」と言われた時には、僕は腹が立った

なぜならば、「日本を動かしてきたあなたの世代に責任があったのでしょう」と言いたいからだ。「そう文句を言うならば、あなた自身がもっと政治に関与して変えるべきだったのでは」と強く思うからだ。パワー(権力)を持った世代が、後世に対して良い日本を残す義務があると思っている。その責任を担う気概が言葉からは、感じられなかったからだ。

同様に若者を批判する年配の人にも腹が立つ。なぜならば、それも年配の人が作り上げてきた社会の産物だからだ。言うならば、自分を批判してからすべき言動と思うからだ(ちなみに、僕は日本の若者には、強い希望を抱いている。当然、僕もその若者の一人だと認識している)。ただ、その年配の域に僕らの世代が入りかけている。つまり、責任を持って良い方向に日本を引っ張っていかなければならない時が来ているのだ。

そこで、冒頭の藤田さんのコメントへの答えだが、簡単に答えようとしたが長くなって恐縮だが、一言でまとめると「提言活動」も当然やろうと思っている。ただ、徒労に終わったら時間とエネルギーの無駄だ。日本を良い方向に変えられなければ意味が無い。

提言活動の目的は、日本を良くするためだ。そのために、既に実は行動が始まっているのだ。僕らの同世代の仲間が今週末に一カ所に結集して、日本を良くするためのビジョン、戦略を議論し始めるのだ。まだ詳細は、言えない。ただ、言えるのは、僕らの役割をしっかりと果たす覚悟がある、ということだ。

2010年3月18日
堀義人Twitter@YoshitoHori
(3月17日夜にツイッターでつぶやいた内容を加筆修正してブログアップ)

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コメント(5)

  • 堀さん 「企業家の暴言」でのメッセージに共感することが多々あります。特に「格差」について、海外に長く住み日本を外から見ると感じるのは社会が「弱者」に過度に暖かいこと、世論に「建前のきれいごと」が多いことです。基本的に西欧社会は昔から「やるかやられるか」の世界で歴史の中でお互いに戦いながら相互学習をして国民の絆を深めながら強い国をつくってきています。少なくとも欧州では自国の独立と主権、国民の命と財産の保全、そして国民としての名誉と尊厳を守るためには相手の国と議論し、時には戦って命を落とすのは国民の責務として当然との機運もあります。現代日本人特有の国際社会での「負け犬根性」や「自虐的態度」は私には戦後日本の「歴史認識」にあるように思えてなりません。欧米、アジアの強者と対等に言うべきことは対等に主張し時には戦う気概、ガッツが現在の歴史認識によって弱体化、欠落していることがグローバル社会の中で強者(国)のふるまいを見て見ぬふりをして、その代わりに国内の「弱者」を過度に慈しみの目で見ることで埋め合わせているような気がします。戦争についても負けは負けでちゃんと総括して「次はみていろよ」というのが国でも個人レベルでも自然な姿だと思いますし、これは人類の歴史の中の普遍的意識であり、これを過度に抑圧しているのがフロイト的には内向&閉塞症候群を生んでいるのではないでしょうか。これも1つの暴言と思ってください。でも心から(国際社会の中であまりにか弱く見える)日本を良くするために何かしたいと感じています。週末の議論期待しています。

    投稿者: NoriLDN

  • 今の日本を引っ張っていけるのは、堀さんのように、志が非常に高く、まずは自ら行動を起こし、卓越したカリスマ性を持ち、世の中の動きを正確に見極められる頭脳を持つ人なのではないかとずっと思っておりました。
    政策提言をしていくとのこと、胸が熱くなりました。
    週末の議論の報告を心待ちにしています。
    いろんな非難などに負けずに、その姿勢を貫いて下さい。応援しています。

    投稿者: SS

  • 堀さん
    若輩者ではありますが、私も自分たちの責任というものから逃げてはいけないと考えています。堀さんのこのオピニオンは私にも支えになります。

    私ごとになりますが、前職の関係で、地方のインフラが持続可能とは程遠い現況を知ってしまいました。目先は何とかなっていると見ることもできますが、その場合には次世代につけが回ることになります。でも、その次世代は今より人数が少なく高齢化が進んでしまうことがわかっています。

    問題解決が可能なのは政策なのか、強い民間企業なのか、市民あるいは市民活動としてのNPO的組織なのか、全てを兼ねることなのか。

    なぜ既存の関係者が痛みを伴ってでも半歩、踏み出さないのか。なぜ既存の大手企業がそれでもなお私益追求だけに留まるのか。なぜ足元をあえて見ずにしかし海外と考えたいのか。

    そもそもこんなしがらみだらけのフィールドで弱小企業が新規参入で食べていけるのか。顧客(行政)自体の問題意識が希薄ななかで1つ1つを説得できるのか。仮に説得できても自社が受注できるのか。受注できても収益は得られるのか。
    政策的な働きかけでも大手にはかなわない。

    やらない方が良い理由はものすごくたくさんあります。

    でも、事情を知ってしまったものの責任とか、我々の世代の責任というのはやはりあるように思います。
    上手くいかないかもしれないからこのまま去ることだけでは、その私益の感覚だけでは、良い社会にはならないのではないかと考えています。

    玉砕するかもしれませんが、やはり自分が半歩、踏み出すべきではないか。それが政策提言であれ、政治的活動であれ、自分にできるかもしれないことはやる必要があるのだと考えています。

    投稿者: 高橋千里

  • NoriLDNさん、不思議です。『基本的に西欧社会では・・・』ってあたかも日本が劣っているかのような、解を『西欧』をお手本としてご自身のご都合に良い様に導き出すようなスタイルはなんだかなぁです。同様の論調で『基本的に西欧社会では』弱者に優しい公教育や失業者対策の充実、企業家に対する社会的責務の要求等きっと貴殿が毛嫌いされるであろう社会民主主義的『政策』を提起することも可能です。政治に興味を持つと即嫌中・韓・朝の高揚感に浸るのは、政策を論じる前の心構えの段階でちょっとと思います。政治は言葉を尽くして戦を回避する事であり、戦の心構えを先ず語るのであれば、それは職業軍人の領域と思います。

    投稿者: 不思議

  • 不思議さんへ 貴殿の言われるように利害関係の衝突する国際社会において「言葉を尽くして戦いを回避する事」が政治、いや我々一人ひとりの大きな使命だと思います。

    私も個人レベルを含め争い事、けんかは大嫌いですし、日常では米国、欧州、韓国、中国人の親しい友人もいます。申し上げたかったのは日本が政治・外交、経済、文化の各側面で自らの価値観と意見をきちんともち、相手が欧米であろうとアジアの国であろうと自らが正しいと信じること、言うべきことはきちんと主張することが国際社会の中で敬意を受け時には激しく利害が対立する他国との交渉において「望ましい妥協点」を「フェア」に見つけていくベースになると思います。

    海外で仕事をしていると「仕事の上で主義・主張で激しく議論すること」と「パーソナルな友人としての信頼関係」ははっきり別のものになっています。過去の戦争については悪いことをしたらはっきり謝罪し改めることは改めるべきと思いますが、それを50年も100年もトラウマにして自らのプライドを持たないのも奇異に感じます。

    その意味でも日本人としての歴史認識の総括も含め自らの文化の価値観について自由に議論・主張すること→軍国主義化→望ましくない というロジックでは日本は永遠に国際社会で自らの正当な「自己評価(self esteem)」を持てなくなることを危惧しています。

    投稿者: NoriLDN

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