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2010年3月13日 (土)

政治・社会 社会起業家&(アンド)起業家

「明日NPO法人フローレンスの駒崎さんを訪問予定。講演録、会社概要、ブログなどに一通り目を通した直感的な印象は、『やり方によっては、十分に成功するビジネスモデルである』、だ。株式会社に転換して規模化を図った方が、社会への貢献は大であろうとも思う。いずにせよ、明日色々と教えて頂く所存」、と昨晩呟き、夜就寝した。

僕のそもそもの疑問は、「社会起業家」は、「起業家」と何が違うのか、であった。ツイッターやブログを通して多くの人々と意見交換し、社会起業家と議論をした後の僕の仮説は、「基本的に同じである」、だった。双方ともビジネスモデルが重要だし、利益を出さなくてはならない。組織構築も必要なので、何ら違うものは無いのだ。ただ単に、社会貢献の意欲と株主リターンへの意識が、多少違う程度だ。その根拠を次のとおり説明しよう。

尺度を0から10の目盛りが振られた横軸をイメージして欲しい。右端に、「社会性が強い目的で起業する人」。左端に「社会性が低く利己的目的で起業をする人」がプロットされる。

右側に近い人(目盛りの8〜10)を「社会起業家」と呼ぶ風潮があるが、普通の「起業家」の中でも、社会的問題解決を目的とした人々もいる。ただ、彼らは、自らのことを社会起業家とは呼ばないし、世間もそう認識しない場合も多い。ただ、双方が同じ目盛りの8〜10の度合いで社会性が強い目的で起業する場合には、実態としては大差が無いのである。

僕が、ベンチャー・キャピタリストとして多くのベンチャー企業に携わった経験から言うと、「社会性が高い目的で起業した人でないと、長期的には成功し得ない」とほぼ言い切れる。従い、企業が成長するにつれて、左端の企業が淘汰され、結局は、右端の社会性が高い企業しか生き残れなくなる。

つまり、中学校の数学で学んだベン図の概念で説明すると、起業家の円の中に、小さな社会起業家の円が含まれているようなものである。成功している起業家のみを比較すると、同心円に近い形になっていくのではないかという仮説が成り立つ。

一方では、採算の取れる仕組みとして到底成り立ち得ない領域があるのも事実である。その領域で働く人を、「社会起業家」と呼ぶべきかどうかは、疑問である。むしろ、社会奉仕者やボランティア活動家として定義づけした方が良いように思う。

従い、前回のオピニオンで、「vs」を使ったこと自体が、対立概念を生み出しているのである。そこで、「&(アンド)」で括って「基本的に同じである」、と考えると、社会起業家は「偉い」とか、起業家は「金儲け」だとか言う対立軸的な発想は、なくなるのであろう。

区別することにより、対立軸が生じる。その対立軸が、批判を生み、優劣を生み、諍いのもととなる。一方では、対立軸をなくし、全てを包含的に一体と捉えることもできる。そうなると、融和的となり、闘いはなくなり、無用な議論も不要となる。

ここまで書いていたのだが、ハタとパソコンを打つ手が止まり、ツイッター画面を開いて次のとおり呟いた。

「次の社会起業家に関するブログを執筆していたのだが、どうも自分の中で腑に落ちないのだ。観念的過ぎてリアリティが無いからだ。明日駒崎さんにアポ入れして、現場を見せてもらって、もっと理解してから自分なりの結論を出すことにしたい。色々と教えてください。m(__)m」

そして、2週間経ち、冒頭の呟きとなったのだ。朝10時に駒崎弘樹代表とのアポがあったが、予定よりも5分早く到着した。オフィスは、若い女性がいて、明るい雰囲気である。着くなり、「現場に行きましょう」と促されて、タクシーに乗車した。

タクシーの中で、駒崎代表に色々と質問させてもらった。その議論を経て、起業家と社会起業家の関係は、前述を追認する形で、僕の頭の中ではスッキリさせることができた。一方、「社会起業家の中で、NPO法人を採用する場合と、株式会社を採用する場合とでは、何が違うのだろうか」、という新たな疑問が湧いてきた。つまり、「器」の議論である。

フローレンスの駒崎代表から聴取したことを総合すると、基本的に、現状のNPO法人であれば、デメリットが多く、なかなかスピード感を持って規模化するのが難しそうである、ということが理解できた。

理由は、NPO法人では、資本の増強が容易でなく、借入も難しく、企業との取引にもハードルがあるからだ。一方では、米国のNPO法人のように寄付が控除されるようなメリットも無い。つまり、NPO法人を採用することは、現時点では象徴的な意味合い以外には、あまりメリットが無いからである。

もう少し説明しよう。僕が、自ら創業した後に、様々な企業の育成に携わってきた経験から言うと、ゼロから創業し、スピード感を持って比較優位なポジションに法人が到達するまでには、業種業態にもよるが、サービス業では2〜5億円、テクノロジー会社では、5〜20億円の資金が必要となる。

過小資本で借り入れができない場合には、その差額を社員の給与を下げて難局を乗り切るしかない(グロービスでも当初は、思いっきり安い給与で徹夜をしながら乗り切った)。更に、資金ショートを恐れて、必要な投資を抑えることになりやすい。その結果、成長スピードが緩やかになり、結果的に規模化が遅れ、小規模企業が多く輩出されることとなる。

当然駒崎代表のように、有能な一部の社会起業家は、NPO法人であっても成長しえる。ただし、株式会社で事業化した方が、スピードも早いし、規模化が容易な気がする。僕の個人的な見解では、規模が小さいとアドボカシーとしての効用はあっても、実態面での貢献は限定的となってしまう。

そもそもNPO法人であろうが株式会社であろうが、目的が一緒ならば、どちらでもいいものであろう。本気で世の中を良くしようと思うならば、規模化が図りやすいほうを選んだ方が、良い気がする。ま、これも各自でそれぞれの考え方があるので、良い方法を当事者が選べばよい問題ではある。そういう考え方が、もしかしたら「余計なお世話」なのかもしれないし、と思い、それ以上言うことは、差し控えた。

タクシーの運転手は迷いながらも、僕らのことを病児保育の現場がある高層マンションの前に届けることができた。下町に位置する高層マンションの一室である。中に入り、廊下を抜けると、3歳前後の子供と初老の女性が遊んでいる姿が、目に飛び込んできた。色とりどりのブロックがある部屋の中で、38度以上の高熱がありながらも、楽しそうに遊ぶ子供の姿は、とても微笑ましい。「レスキュー隊員」の初老の女性の方の底抜けに明るい笑顔も眩しいぐらいであった。その場に和んでしまい、思わず予定よりも長居してしまった。

会話を経て、この事業は、明らかに社会に新たな価値を提供している、ということが認識できた。名残惜しいのだが、次のアポがあるので、その現場を後にすることにした。

外に出たら、春の陽気だ。日差しも眩しいぐらいだ。帰りの車の中でも、駒崎代表と再度色々と意見交換した。駒崎代表と僕とは、年齢差が17歳もあるのだ。今の彼の年齢は、ちょうど僕が創業した時の年齢と一緒だ。ふと、その頃の僕の姿が重なって見えてきた。「僕も、お金が無い中、一生懸命に駆けずり回ったな。また、全く理解されないことをやっていて、多くの人から白い目で見られてたな〜」と懐かしい情景を思い出してきた。

若者は、基本的に何をやっても、あまり社会からは受け入れられないものなのである。ただ、一方では、全く違う新機軸を生み出すものでもある。確かに、最近の若手にも有望な起業家が増えてきている。グリーの田中良和氏やライフネットの岩瀬大輔氏は33歳だ。環境ベンチャーのリサイクルワンの木南陽介氏や食材宅配ベンチャーのオイシックスの高島宏平氏はともに36歳だ。他にも多くの有望な起業家がいる。

これらの若者が、起業家&(アンド)社会起業家として、手付かずだった分野を果敢に市場化していき、社会にインパクトがあるまで規模化し、永続性があるものにしていってくれている。とても頼もしい限りである。多くの若者には、是非果敢に新たな分野に参入していって欲しい。その結果が、日本の改革に繋がっていくのである。

僕は、車中で、思わず熱くなってしまい、日本をどうやって変えるかを力説していた。タクシーは、飯田橋に着いたので、握手をして駒崎代表一人を先に送り出した。交差点を過ぎたときに、チラッと駒崎代表を見ると、横断歩道の前で忙しそうに携帯電話でなにやら話をしていた。僕が手を上げると、電話をかけながら、彼が頭をペコリと下げた。そして、タクシーは、そのまま二番町のオフィスに向かって走り続けた。

2010年3月12日

堀義人


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コメント(5)

  • 先日は、TwitterでのRTをご紹介いただきまして、ありがとうございました。
    今回の、アントレプレナーもソーシャルアントレプレナーも社会貢献を目指していることでは同じであるというご意見は、もっともだと感じます。
    誰かが何かに困っているからこそ、そこにビジネスチャンスが生まれるのであって、誰からも必要とされないのであれば、そもそも商売が成り立ちません。そういう意味では、起業してビジネスを始めるということは、必然的に社会貢献たり得るものなのだと思います。
    しかし、社会貢献を突き詰めていくと、社会全体の底上げに成功するという事は自分自身の存在価値が失われるという事であり、この点こそが、ソーシャルアントレプレナーの目指しているものだと思います。
    通常の企業はそのビジネスをいかに継続するかが課題ですが、ソーシャルアントレプレナーは、自己の役割が終わりを迎えるときを夢見ているのではないでしょうか。

    投稿者: 酒井 顕

  • 堀様

    恐らく限られた文章中の表現ですので、全てが語られてはいないと拝察しますが、今回のエントリーに一点欠けている概念があるとすれば、「スケールアウト」という言葉の解釈にあるかと拝察します。

    私は、15年ほどのビジネス経験の中で10年以上外資コンサルやITベンチャーなどに籍を置いて参りました。この数年は”社会起業家”と呼ばれる事業に携わっており、現在はNPOに所属しております。
    ここからそれぞれを、ビジネスセクター、ソーシャルセクターと呼び分けさせていただきます。

    ビジネスセクターでの成功とは、「自社」の事業規模の拡大に他ならず、自社の事業規模の拡大、乃至は自社をアライアンスの中心と捉えたビジネス規模の拡大を志向します。

    それに対しソーシャルセクターでは、成功の尺度の一つとして、スケールアウト(アップではなく)という概念を持っています。
    自社の事業規模の拡大を目指すのではなく、自らが始めたイノベーションの「社会への影響力」を高めて行くと言うものです。

    これは、社会へのインパクトの高いイノベーティブかつ普及のし易いモデルを構築し、これを広く普及されるようコピーを奨励するということでもあります。
    言わばビジネスモデルのOpen化とも言え、FC本部が自社ビジネスの模倣を、無料か、それに近い形で奨励すると言うものです。

    例えば駒崎氏のフローレンスに当てはめれば、法人であるフローレンスが巨大化して事業として成功することではなく、民間、公共機関、国外の共感者を問わずあらゆる存在がフローレンスのビジネスモデルを模倣し、爆発的に増加していくことを目指すという考えです。

    ビジネスセクターには競合排他と言う概念がありますし、拡大スピードを決めるのは事業者(トップ企業)の都合になります。
    対して、ソーシャルセクターが扱う社会問題は、今この瞬間にも起きている危急の問題が多く、「最速かつ最小限の手間で普及する」ことを第一義とするため、問題を解決するには事業者以外の協力者にいかに早く協力してもらい、手伝ってもらうかということによっています。

    社会起業家の中では、事業がいかにグローバルに模倣されて行くかと言うことに重きを置き、創業時からそれを前提に考え始める「大きく考え始める」ということを規範とする考え方もあります。

    世界最大の社会起業家支援組織であるアショカ財団では、財団が支援した社会起業家の事業の成否を判断するために、その事業が国策に影響を与えたかどうかと言うことを指標としています。
    http://www.ashoka.org/impact/effectiveness

    このようなことを考えると、社会起業家というものは、収益の最大化を最優先とせず、問題解決の最速化を最優先とするものであるという考え方になるということが、現時点での私見です。


    長文、乱文失礼しました。

    本文は、社会起業家群の片隅にいるものの私見であり、ソーシャルセクターの中には違う解釈を持つ人も多くいます。また、流れでフローレンスさんを事例にひいてしまいましたが、駒崎氏が私と同じ考えを持っていると断定するわけではありません。

    ちなみに、私の所属するNPOの代表は当件の見解の一側面として、以下のようなことを考えております。
    http://blog.kotolier.org/archives/51516290.html

    投稿者: Takeshi Kikuchi

  • 記事を拝見しました。
    私なりに感じた事をブログにまとめました、ご覧頂けましたら幸いです。

    投稿者: 井上温子

  • 堀さん、ご無沙汰をしています。堀さんらしいロジカルで熱い文章を拝見し、感激しております。起業家と社会起業家についてのお考え、同感です。私自身も最近の「社会起業家」なるものに興味を持ち、色々話を聞いたり、研究してみました。私が初めて社会起業家という言葉を聞いたのは、90年代前半に、モスバーガーの創業者の櫻田慧会長からだったように思います。明治の偉大な財界人である渋沢栄一を日本のソーシャルアントレプレナー、社会起業家の先駆者として語られていたように思います。ところで、渋沢栄一賞を受賞され、社会起業家として人口に膾炙されている日本理化学工業の大山会長は、自分がはたして社会起業家なのかどうか?、結果として、そのようになったというような趣旨で語られていました。また、葉っぱで有名な四国の上勝町の㈱いろどりの横石社長も同様に語られていました。そのような意味では、この方々は、社会起業家になろうとしてなられたのではないと感じております。素朴で純粋な思いで、障がい者の方々のため、地域社会のために何とかしようと努力された結果であろうと思います。
    他方、フロレーンスなどの最近の社会起業家といわれる方々は、社会起業家とかNPOという言葉、ないし、生き方をかなり意識して選択して、事業をスタートされているのではないかと想像しております。その分岐点は、2000年とか2001年ぐらいではないでしょうか。とりとめもないコメントになりましたが、何卒ご寛恕ください。堀さんのますますのご活躍を心よりご祈念申し上げております。またお目にかかれます日を楽しみに致しております。

    投稿者: minagi

  • 堀義人さん
    「起業家の風景」を興味深く拝読しています。処で、今日、ふと疑問に感じたことは
    「起業家」と「社会起業家」とは違うのではないだろうかということです。
    私は堀さんに期待したいのは「社会起業家の旗手」です。起業家の目標、
    それに取組む前向きの行動、実績への積み上げ結果は社会の評価対処になりますが、
    社会起業家の志がこれからの社会の指導原理になると思うからです。
    それは志、目標を「私」に置くか「公」に置くか…「公」に置くということは
    「新しい公共」の創設・創造に寄与するということかと思います。
    ようやく日本でも「社会起業家」が話題として取り上げられるようになった現況に、
    是非、堀義人は「日本の社会起業家の旗手」であるという立場を鮮明にしてもらいたいと
    願っています。

    投稿者: 佐藤陽一

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