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2011年3月 5日 (土)

組織人 米国出張~(2)コロラド州ヴェイルでのスノーボード

「ザー、ザーと雪を削りながら、スノーボードが滑る。もみの木の間を、体重移動しながら右へ左へと抜けていく。木々の影によって創られる、白黒のツートーンの雪の上に目をやり、山頂から落ちるように滑っていく。途中で一休み。寝転がり天を仰ぐと、真っ青な空が続く。生きていることに感謝する瞬間だ」。

そうだ。僕は、コロラド州のヴェイルでスノーボードに行くことに決めていたのだ。デンバー経由で、ヴェイル空港に到着した。時刻は夜9時を回っていた。空港で、女性運転手が迎えてくれて、ヴェイルに向かう。道中、運転手からヴェイル情報を仕入れる。

ヴェイル空港は、標高1990Mにあり、そこから45分のドライブで、標高約2400Mのヴェイルの街中に到達する。ヴェイルは、1962年にオープンした比較的新しいスキー・リゾートだ。戦前・戦中に、この近くに、陸軍のスキー部隊の訓練場があり、イタリア北部戦線に送られた。帰国後、彼らが戻ってきて、他のスキー・リゾートで勤めたり、傷を癒したりしていた。そのうちの2人の退役軍人スキーヤーが、ヴェイルに眼を付けて、スキー・リゾートとして開拓する準備を始めた。

2人はお金が無いにも拘わらず、起業家精神を発揮して土地の所有者である連邦政府に駈け寄り、投資家を募り、事業を前に進めた。当初集めたのは、1万ドルの会員券付き株式だ。その会員には、ヴェイルで一生涯無料で滑れる特典が付いていた。もちろんその当時は、無価値に等しかったものだが。

何とか1962年の冬にオープンに漕ぎつけたが、困ったことに全く雪が降らない。そこで、現地のインディアンに頼み、雪乞いのダンスをしてもらった。すると雪が降り始めて、難なく開業できた、と。そのヴェイルが今や、米国最大のスキー・リゾートに発展した。創業者の2人は、もう亡くなっているが、今も尊敬を集めている。

ヴェイルは、私企業として運営されてきたが、一部のオーナーが他の事業で失敗し、株式が転売されることになった。その後、投資銀行によって上場を果たした。今や6つのスキー場とホテルを傘下に持つ、一大企業に発展した。ヴェイルのスキー・リゾートは、戦略的に高級志向で、隣にあるビーバークリークは、コアなスキーヤーをターゲットにしている、と。

女性運転手からヴェイルの経緯を聞きながら、米国の起業家精神と資本市場の健全性を改めて認識した。明確なポートフォリオ戦略も持っているので、グロービスのケースに出来そうだ、と思った。僕は、以前ラスベガスを創った起業家の映画を観て感銘を受けたことがある。日本からも多くの起業家が育ってほしい。そのためにグロービスが存在しているのだ。

人口2千人のヴェイルは、こぢんまりとしている。高級志向ということもあり、ホテルの値段もべらぼうに高い。だから僕は、同行の橋本社長と同室にした。僕が、パソコンを叩いているうちに、ルームメートが、シャワーを浴び終わり、ベッドに入った様だ。夜中の12時半を過ぎていたので、僕もシャワーを浴びて、寝ることにした。

朝、プロテクターとヘルメットで完全防備したウェアに着替え、スノーボードをレンタルし、山頂まで一気にリフトを乗り継ぎ上った。日射しがまぶしい。標高3300Mから滑り降りる快感。雪質もサラサラしていて、滑りやすい。ただ空気が薄いので、息が切れる。ま、のんびりと楽しむことにしよう。

何度か滑って、山頂近くの外のテラスで休憩した。ロッキー山脈の雪を被った山々が美しい。青い空、雲一つ無い。天が近く感じる。空気が乾燥しているので、喉が渇く。テラスのBGM は、80sのアメリカンロック。思わず口ずさみ、ビートに合わせて体が自然と動く。

「全ての山を制覇しよう」。そう考えて、リフトを乗り継いだ。ヴェイルには、高い山が4つある。全て3300M以上ある。二つは繋がっているが、二つは別だ。これらを登り、そして2200M近くの谷まで滑り降り、そしてまた昇るのだ。これを何回か繰り返す。

そして、今度は、標高3500Mで、休憩した。白い雪の上のベンチに座り、ドリンクとスナックを楽しむと、ピクニック気分になる。見渡す限りのロッキー山脈の頂。絶景だ。青い空をバックに、白く尖った山の連なりが印象深い。

これだけ高くに位置するのに、意外に寒くない。日本では、フェース・マスクは必須だったが、ここでは必要としないほど暖かいのだ。氷点下2,3度程度の感じだ。空気が乾燥しているから、昼と夜の寒暖差が激しいのだろう。一番苦労するのは、空気の薄さだ。すぐに息が絶え絶えとなる。最後は、ビンディングが緩み、左足をガクガクさせながら滑っていた。危険なので安全走行に終始する。

スキー・ボードの楽しみの一つは、リフトでの交流だ。豪州から来て2,3週間滞在してる初老の男性。チリから来た若い男二人組。ジョージア州から来た50代の男性など。国際色豊かで、年配のスキーヤーが多い。何よりも、スキーヤーが優しいことに驚く。地図を広げると数人が、声をかけてくる。

寝転がっていると、「大丈夫か」と声がかかる。平地でスノーボードが止まったら“Here you are”と言ってストックを差出し、勾配があるところまで引っ張っていってくれた。友人とは、「なぜこれだけ優しいのだろうか」、とリフトの上で会話した。

ただ、最後は足がガクガクになり、這うようにしてホテルに着いた。ホテルの外のジャグジーで体の疲れを癒す。そして、一寝入りした後に、夜7時過ぎにヴェイルの街中を散策した。小綺麗なスイス風の街並みだ。折角アメリカに来たのだから、とステークハウスに入った。シーザーサラダ、フレンチオニオンスープ、そして、スペアリブを注文する。頭痛という高山病特有の兆候が出始めていたので、お酒は控え、早目に就寝した。

翌日の天気。雲りのち雪、そして吹雪、時々晴れ。時間によって天気が違うのか、場所によって天気が違うのか不明ながらも、目まぐるしく変わった。吹雪の中、競技スキー出身の友達とはぐれてしまった。知らぬ間に、松林の中へ。一人オフピステだ。木にぶつかりそうになったり、枝にひっかかりそうになったりで、怖くて仕方がない。ゆっくりと滑っているうちに、リフトが見える位置にまで辿り着いた。

一人でリフトに乗っている友人を発見した。痺れを切らして、捜索のために再度昇り、探しに行こうとしていたようだ。僕は、声をかけて、下で待っている旨を伝えた。昨日の疲労が残っているので、僕にとっては、貴重な休み時間となった。

昨日と同じ標高3500Mの休憩所に着いた。今回は、吹雪だ。皆、屋内の休憩所に所せましと身を寄せていた。昨日は冷たいゲータレードを飲んだが、本日はホットココアだ。暖をとり、体を休め、スノーボード再開だ。結局、吹雪の中、超ロングのリフト10本滑った。くたくたになり、ホテルに戻った。すぐに着替えて、空港へ向かい、デンバーまで飛んだ。

2011年3月3日
日本に向かう機内で執筆
堀義人

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