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2011年3月 7日 (月)

政治・社会 前原外相辞任に思う

「前原外相、辞任の意向 外国人から献金」。とても残念だ。前原さんに友人として電話して、「絶対に辞めるべきではない」と何度伝えようと思ったことか。「たった20万円の外国人からの献金程度で、日本の外向けの顔たる外相を辞めるのは国益に反する」というのが、その理由だ。

最近思う事には、永田町やマスコミの論理と、僕(ら)の感覚とには、格差が生じている気がする。僕の感覚では、「人間は完全ではない。多少のミスがあっても、大枠として良いリーダーであれば、その職にいて欲しい」、だ。野党が政局的に攻めることは、理解できる。マスコミが騒ぎ立てるのも、そういう性質なのだろう。

だが、その風圧に耐え忍び、何が正しいかを訴え続けることも必要であろう。日本では、「法令順守」への期待が過度にすぎる。郷原先生が書いた『「法令遵守」が日本を滅ぼす』ではないが、細かい法律よりも、「社会の要諦」の方が重要だ。多少献金を貰っても、政策が左右されなければ問題はない。

日本は、もっと大らかになっても良いと思う。夜中に裸でわめこうが、未成年がお酒を飲もうが、駐車違反をしようが、多少のスピード違反をしようが、外国人から20万円の献金を受けようが、大局から考えたら、大きな問題ではない。

僕がリーダーとして判断する時には、以下順番で判断する。(1)会社にとって良いか、(2)倫理的にどうか、(3)社会の要諦に合っているか、だ。法律は、常に変わるし、いちいち全てを覚えていられない。しかも、省令が出たり、課長通知が出たり、行政指導があったり、条例があったりで、正直言ってよく分からないのだ。

だからと言って法令を順守しないわけでは無い。当然、弁護士に相談し、関係省庁ともコンタクトをして遵守はする。ただ、それよりも、前述の倫理観、社会の要諦の方が重要だと思っているのだ。悪法でも法なので、当然従う。ただ、どこかで、知らぬ間に法を犯していたり、法の見解の不一致があったりする可能性は否定できないのだ。

だか、そんな細かいことを気にするよりも、大局を考え、判断する方が重要なのだ。同様に、日本のリーダーたる政治家に望むことは、細かい法令を守ることよりも、「日本を良くすること」なのだ。細かい法律など、「日本を良くすること」よりも重要度が下がるのだ。

リーダーは、清廉潔白である必要は無い。モニカと浮気しようが、偽証罪に問われようが、クリントンは辞めなかったではないか。世の中を良くする力があれば、多少の故意でない法令違反は、どうでもいいのだ。

歴史を振り返ると、法令を破りまくった坂本龍馬が世の中を変えたではないか。ルールや価値観を変えた織田信長が、戦国時代を平定した。清廉潔白なだけでは、日本をなかなか変えられないのだ。

清廉潔白でいい子の政治家よりも、大局を考え日本を良くする政治家を望むのだ。もちろん両方あればそれに越したことはない。だが、残念ながら清廉潔白さと、世の中を劇的に変える力とは、両立できない場合が多いのだ。

マトリックスを書けば、よくわかる。いい子で、世の中を変えられない政治家と、多少不真面目だけど、世の中を変える政治家のどっちがいいのだろうか。僕は、当然後者を選ぶ。多くの国民も同様だと思う。残念ながら、今のマスコミや世論は、後者の政治家やリーダーを潰し続けた。日本に残るのが、前者のみとなるのでは、あまりにも情けないではないか。

今回の外国人献金の場合は、謝罪すれば済む問題だと思っていた。自民党時代の事務所経費の問題、政策秘書の問題も、大きな問題とは思えない。問責決議案が出たからと言って、職を辞める必要は無いし、小沢一郎氏も、検察が二度も調査をして潔白と出ているのだから、民主党を離れる必要も無いと思っている。

野党やマスコミが騒ぎ過ぎるのだ。もうこういうのを辞めるべきだ。正直言って国益に反すると思う。自民党の言い分では、彼らが政権をとっていた時に、やられたことをやり返しただけということだが、このままでは、仮に自民が次に政権をとっても同じことをされるであろう。もうこういうクダラナイことは、やめにすべきだと思う。そのためにも、次のコラムで、「御破算選挙」を提言することとする。

今回は躊躇してしまったが、次回からは、僕は迷わず友人に、「こんなことで辞めるな」と直言することにしよう。


2011年3月7日
三番町の自宅にて執筆
堀義人

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コメント(12)

  • 堀さん総理になってください!

    投稿者:

  • 堀さん

    説得力のある議論だとは思います。今回は20万円が問題になっていますが、恐らく政治活動資金全体からして、これによって意思決定を歪められるということは常識的に考えづらいでしょう。これが1000円や2000円でも辞任しなければならないのか、ということになると確かにちょっとおかしいと思います。

    ただ一方で私が気になるのは「法の一般性」という観点です。たとえばこれが収賄罪だったらどうなるのでしょうか。やっぱり「未来ある政治家を微罪で潰すな」という結論になるのでしょうか。もし、政治資金規正法違反と収賄罪が違うとしたらその理由は何か。

    あるいは少額だからかまわない、という結論にもしなったとすれば外国人が大挙して少額を寄付し始める危険も拭えません。実際に「故人献金」で5万円を積み上げた事例や某宗教団体は選挙前に大量に住民票を移しますので、危険性としてはあるかと思います。その際Aggregateで「100万円」とかなった場合はどうするのか。

    ・・・などなどの疑問が片付かないので、全面的に堀さんに賛同できないというのが正直なところです。もしお考えがおありでしたらお教えいただけますと幸いです。

    投稿者: Shuji

  • 堀さんのコメントが日本を変えていく。ありがとう!

    投稿者:

  • 堀先生、このままでは日本沈没が天地異変でなく自虐的なマスコミによって世界から孤立した村人に甘んじるのではないでしょうか。その上、虎視眈々と日本沈没を願っている諸外国も「殻を自ら破ると鳥として羽ばたくが、外から破られると目玉焼きにされる」と前ブログで引用されている状態になっているのではないでしょうか。諸外国からのマスコミ誘導謀略説はともかく、そろそろではなく今こそ先生を筆頭とした「FY」理念を普遍化させるべきだと思います。前原さんのような意志・志をもった政治家を挙って足を引っ張るマスコミに対してFY:くそくらえ的居直りで大局を乗り切るために目を瞑って欲しい。とにかく我国の幼児性を逸早く脱却させないと本当に沈没しそうで嫌になってしまいます。仲間内では沈船から事前に逃れる鼠の如き輩も増えてきていますが、フェニックス論を信じ実現させたいと願っている者も数多くいます。先生を筆頭に皆様ご一緒に、大人の議論ができ海外にも自らの意志を主張していける国体を政治的にも経済的にも文化的にも構築していきましょう。

    投稿者: 加藤満宏

  • 堀さんのおっしゃることもよくわかります。でも今回は「極めて迅速に、常識的に辞めて良かった」と思います。いずれ首相になる器のひとりです。ここで無理に頑張ってしまうと、政治家前原誠司としては、致命傷になってしまい、復活できなくなるかも知れません。野心がある以上、この決断は正解だったと思います。日本の民意はきまぐれです。でもこれで前原さんの潔さの印象だけが残り、悪人のレッテルが貼られることはないと思います。

    投稿者: Hayama

  • 大局を考えれば法令遵守は後回しで良い、って自分のご子息にも胸を張って言えるのか、
    というのがまず感じた疑問です。
    伝え方しだいだと言われそうですが。

    前提として、ルールがある以上は守るべきではないですか?
    また、今回特に注意すべきは、自分たちが自分たちを律するために作ったルールという点。
    存じ上げないのですが、龍馬も自分で作ったルールを守らなかったんでしょうか。
    もしそうでないなら、龍馬もこうだったから、
    という論理展開は正確ではないのではないでしょうか。

    いざ違反が発生してから、このルールは運用に耐えないよね、
    となり、そのルールを改正していくのが筋であると思います。
    それを政局の材料に使うのは言語道断ですが。

    もったいない、国益にならないという意見はごもっともです。
    だからと言って、許そうというお考えは理解できないです。

    あと、何で辞任までしないといけないのか、ということについては、
    今回のケースは、違反の罰則は公民権の停止ということで、
    大臣辞任ではなくて議員辞職であるべきではないでしょうか。

    投稿者: taniguchi

  • 元から北朝鮮との不自然な関係が噂されていた人だし、本人も在日から情報など支援を受けていると語っている。 氷山の一角が顕になっただけで、こうなるのも本人の責任だろう。

    投稿者: じゅん

  • 年に夏と年末の2回ドイツの妻の実家に帰省するのですが、
    夏 は特にライン川の土手の道を自転車で、時には一日中ツーリングをします

    そして、デユッセルドルフから北へ上れば半日でオランダへ、
    南に下れば1日=2日でリヒテンシュタインそしてフランスからスイスに到着します

    オランダに向かう途中、少し道を外れて、迷子になって雑貨屋に道を聞きに行くと
    フランス語で対応されて、ベルギーに入り込んでしまったことに気付いたこともありました

    ヨーロッパに行くといつも、町並みの美しさとともに、
    何か重くの しかかるものを感じるのですが、これはやはりこういった
    自転車で1~2日で数カ 国の外国に着ける程複数の国々に囲まれている
    緊張感もあるのだと、サイクリングの度に実感するのです

    数時間で陸路で敵国に攻撃されるかもしれない緊張感の中に生きる人々と、
    四方を海に囲まれて、空路か水路経由でしか敵と対峙し得ない人々は、
    その人生観も全く違うのだと思います

    任せ放しにしておいたら自分にとって多くの不利益を生み出すかも知れない
    政治への彼等の係り方もこういった緊張感の高い環境に大きく影響されていると、
    妻の家族や友人たちと接していて、それを肌で感じるのです

    明日朝起きたら、ロシア軍の戦車が庭の花壇を破壊して、
    兵隊が自宅に押し入って妻や子供を連れ去ってしまうかも知れない

    そんな歴史的緊張の中での暮らしを何世紀も続けて来た人々は、
    平和が数十年続いていても、いつか何か起きるやも知れないという
    緊張感から完全に解放されることは中々ないと想像します

    ある程度の教養を持つ西ヨーロッパ世界の人々は、政治に関心が高く、
    重要な政治問題に対して自分たちの意見を持っていて、
    それをベースに支持政党や支持する政治家を決めていることは、
    結婚して18年間ずっとヨーロッパ人と暮らしてきて強烈に感じます

    こういった彼等の政治姿勢は、実は歴史から来る重い緊張感に
    支えられている部分もあるのかも知れません

    民主主義は、こういった政治に対する各々のしっかりした考え方をした
    国民がいてこそ成り立つ思想であり、政治体制であると思うのです

    自宅や飲み屋での飲み会で、政治討議をしている人々の姿を
    ドイツでは良く目にしますが、それは日本では大変に少ないように思います

    普段政治討議していない人々は、多分、しっかりした政治姿勢が
    自己の中で確立していません

    そういった人々が民主主義を支えているのが日本という面も
    あるのではないか?と言ったら暴論でしょうか?

    科学・哲学・宗教という三大思想源を基盤に、
    自己の思想を立ち上げて来た人間がどれだけいることか?

    我々が生み出した民主党政権は未経験だが
    当初の志は高かったことは間違いない筈

    それを、我々国民は「こういった方向に行くべきだ」とか
    「ここは間違っているからこう直して欲しい、ここは正しいので更に前に進めて欲しい」とか、
    日本と言う国を良くするために、必死に考えて、
    前向きに民主党を育てて行こうとした
    ことがあったのか?

    マスコミには一体、そういう、育成という意思はあったのだろうか?

    ある時、ある日経の記者が言ったことが印象に残っています
    「我々は育とうとしている企業や政治家を育てる義務がある 
    そして育ったら間違った道を行かぬように今度は厳しく見張る必要がある」

    この「育成と評価」が我々国民自身およびマスコミに必要なのに、
    大いに欠けている

    これが、ここ数年の民主党・自民党・他の政党=日本の政治の混乱
    の極みの背景にあると思う

    国民やマスコミが「批判逃げ」したのでは、
    決して国は良くならないのだと思う

    自己批判を含めて、それは徹底的に成されるべきであると思う

    日本を本当に良くしたいのならば、批判するばかりでなく、
    我々皆 の反省と実行が必要だ

    そう思うのです

    投稿者: 池田宏之

  • 堀さんのおっしゃるとおりだと思います。
    親はとやかく決まりごととして躾を指導しなくてはいけない立場にもあり、
    先ず公の側から個々の責任をとるということを教えなくてはならないと思います。
    なので選んだ大臣の言葉にも(外国の方とご認識されていた)、問題があったと感じる一方で
    言葉や作法にも、かねてから前原さんは注意すべきだったと思います。
    まとまらない違った意見を申し訳ございません。しかし、隣国とのデリケートな課題も含まれ
    法遵守に対向し反旗を翻すのか、厳密性を追求するのか微妙なところです。

    私は、堀さんのおっしゃるとおり大局を間違わなければ、細かいことは課題に挙げない!
    がベストだと考えますが、そうも行かないのが政治稼業なのでしょうか・・・

    投稿者: 作山大輔

  • 私も常々同じことを思っておりました。
    「細かなルール違反に目くじらを立てるのではなく、もっと大きな視点で物事を見よ
    うではないか」という意見は私的には全く賛成であり、よくぞ言ってくれた!と拍手
    を贈りたい気持ちで思わず筆を取りました。
    今の日本に最も欠けているのはこの点にではないかと感じております。現在の日本は
    微細なところまでルール厳守を徹底させ過ぎた結果、国中がリスクを取れない、極め
    て真面目だが面白みのない萎縮社会に陥っているように思います。


    堺屋太一さんは講演の席で次のように述べられています。
    戦後の日本の政治には官僚主導と政治家主導の二種類しかなく常にどちらかが主導権を
    取ってきた。その中で、一つの例外的事象を一般拡大解釈し全体に法の網をかぶせる手
    法は官僚が既得権益を拡大する為に行う典型的な官僚政治の姿である。


    官僚一人ひとりは立派な方が多く友人も大勢いるのですが、官僚が強大な組織として動
    くとこのようになるのかと思います。本来、官僚主導と政治家主導が適当なタイミング
    で入れ替わり、良い意味でバランスしていると良いのでしょうが、今のように政治混迷
    が長引き誰も主導権が取れない状態が続くと、官僚政治が益々進行しルール過多、取締
    り過多の活力のない社会になってしまうことを危惧致します。


    私も日常の会社経営の中で、個人情報保護法、JSOX、労働基準法など、やり過ぎでは
    ないかと疑う程にルールが厳しく、本来の法律の意図はどこに行ってしまったのか頭
    を捻ることがよくあります。


    そんな中、堀さんがこのように言いたいことを言おうじゃないか的に議論の火蓋を切
    られたことは大変有意義なことだと思います。

    ただどうしても「多少のルール違反を認めても・・・」という意見はその境界線をど
    こに引くかが曖昧で個人の主観が入ると言う点で公の場で正面から主張を通すのは難
    しく、「ルールは守るべきものであり法治国家である以上違反は認められない」とい
    う正論の前では如何ともし難いものがあるかと思います。前原外相辞任の理由は色々
    あるのでしょうが根本にはこの「正論には勝てない」ということがあったのではない
    でしょうか。


    私は、時間が掛かっても教育、啓蒙活動によって、余り細かなことにまで目くじらを
    立て白黒をつけない、敗者復活を容認するような寛容な社会観を醸成していくことが
    必要ではないかと思います。日本は歴史的には曖昧さを善しとし、二つの相反する概
    念を共に併せ呑む許容量のある文化を育んできました。バブル崩壊後、急激に押し寄
    せるグローバル化の波の中で、この曖昧ではっきりとしない日本文化はネガティブサ
    イドばかりが取り上げられ、無理に欧米の価値観に身体を合わせようとしてギクシャ
    クした状態になっているように思います。勿論程度の問題はあろうとは思いますが、
    今一度日本文化の良さを見つめ直し、寛容な社会を取り戻すべきではないかと思いま
    す。


    川島昭彦

    投稿者: 川島昭彦

  • 偶然通りすがだが、読んだ。

    >今回の外国人献金の場合は、謝罪すれば済む問題だと……

    ●そう、焼肉屋の女将に20万円献金をいただいた前原さんは、思想信条を曲げる人物ではないと思うよ。

    ●例えば女将が「在日の若い子は公務員志望が多いので差別的な国家・地方公務員試験の制限を撤廃させてもらえないか」という要請があったとして(そんなこと、あるわけないが)【 政治活動を通じて不当な制限を撤廃させる 】といった行動に出るとは思えない。前原さんは、前から、献金で自分の思想信条を曲げることはないと断言し、マスコミ報道を見てもそういう人間ではない。

    ●まあ、知らなかった、申し訳ない。今後気をつけます、でおしまい。野党・自民党は与党時代に似たような問題を追及・批判されたので意趣返しだろう。国民は馬鹿ではない。くだらないことでむやみに騒いでいる政治馬鹿がいると感じているはず。

    ●ただし、小沢問題は、軽く済ませることはできない。

    >小沢一郎氏も、検察が二度も調査をして潔白と出ているのだから、民主党を離れる必要も無いと思っている。

    ●前原さんとは根本的に別次元の問題と考えるが。
    ●報道を見ると小沢一郎は、個人的に不動産を13戸も所有している。政党交付金で毎年余剰が出るのでそれを流用しているらしいが、そういう行為自体が 【 胡散臭い 】のだ。

    >僕がリーダーとして判断する時には、以下順番で判断する。(1)会社にとって良いか、(2)倫理的にどうか

    ●とあったが、小沢ゼネコン献金問題は、倫理的には決定的な瑕瑾だ。

    ●政党交付金(私はこの金をいまの30分の1に減らすべきと考えるが)は純粋な政治活動に使うべきで、余ることはあるのか考えられない。余るようなら、減らすべきだろうし、以前から清貧な政治家は多くいた。そういう清貧さこそ現今の政治家に求められる資質。

    ●小沢は、公共事業を請け負ったゼネコンなどからキックバックのように政治献金を還流させ、財産を増やしている。世田谷の自宅の大きさから、ミニ田中角栄だろう。こういう胡散臭さは多くの国民がうすうす感じている。「それ以上儲けてどうするの?」と言いたいが、まだ足りないのか。欲深さは政界随一だろう。

    >モニカと浮気しようが、偽証罪に問われようが、クリントンは辞めなかったではないか

    ●下半身問題は、別次元の問題。ばかばかしくてコメントに値しない。

    投稿者: 駆逐艦長

  • >世の中を良くする力があれば、多少の故意でない法令違反は、どうでもいいのだ。

    は、どうだろう?
    本当に腹のある人間だったら多少の可能性はあるのかもしれないが、
    自己保身に汲々としている人間にとっては、拡大解釈の格好のコメントだろう。
    故意か、故意でないかは、誰が判断するのか?
    一つの嘘は、次の嘘を産む。

    問題は、その人間の今までの生き様が、問題となるのだろう。
    前原はどうなのか?
    メ-ル問題、ダムの問題、そして今の外郭団体の役職等考えたとき
    こんなことが本当に言えるのだろうか、一般論としてならまだしも、
    無責任としか思えない。

    >自己の思想を立ち上げて来た人間がどれだけいることか?
    前原やクリントンはできているのだろうか?

    投稿者: taia

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