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2012年10月12日 (金)

日本人・アジア人・地球人 ソウルの風景~世界知識フォーラム2012

ソウル仁川空港に到着。天気は快晴、気温19度。快適だ。今回の韓国訪問は、毎年僕がスピーカーとして招聘されている「世界知識フォーラム」に登壇するためのものだ。これで、4、5年連続の登壇となる。今年は、「キャンセルしようか」と言う気持ちが一瞬よぎったが、「こういう時だからこそ、しっかりと行くことにしよう」と思い直し、予定通りの訪韓となった。

税関を通過したら韓国の友達(投資先企業の経営陣の一人)が迎えにきていた。彼と一緒に道中、レストランまで、投資先企業の概要の説明を受ける。

太陽が傾き、市街地の上に橙(だいだい)色のまん丸が見えた。会話をしながら、暫くその夕暮れ時の光景を眺めていた。

レストランで他の経営陣二人が来るのを待つ。今晩は久しぶりの韓国料理だ。僕にとって韓国料理を食べるのは、李大統領の竹島訪問以来となる。あの天皇陛下への非礼な発言以来、僕は韓国料理を控えていたのだ。

二人の到着が遅れていたので、何気なくツイッターを見ていた。すると、「山中教授がノーベル賞を受賞」というとってもとっても嬉しいニュースに触れた。早速ソウルから山中さんの携帯に電話して、「おめでとう」と伝言を残し、ツイッターで以下呟いた。

「山中さん>おめでとう! 今晩は、マッコリで乾杯だ。本当に嬉しいです!」

山中さんの中学高校の同級生だった世耕さんにも電話した。「G1サミットからは、総理大臣の前にノーベル賞受賞者が出ましたね」とのコメント。山中さんは、G1サミットのボードメンバーで、且つ毎回登壇頂いている。彼の受賞は、僕ら世代を大きく元気付けるものになる。嬉しい!

参考:
1)「iPS細胞の開発~日本の科学技術で世界を救う」あすか会議2012レポート(動画)http://t.co/FbJoZE9s
2)山中伸弥氏×水野弘道氏×世耕弘成氏「iPS細胞が再生医療を実現する日 ~チーム・オールジャパン戦略を考える~」~G1サミット2012レポート~: http://www.globis.jp/2066
3)山中伸弥氏×立川敬二氏×鈴木寛氏「科学技術~人類の夢とイノベーション~」~G1サミット2011レポート~
http://www.globis.jp/1652

二人が30分以上遅れて到着した。僕は株主でもあるから、クライアントを優先してもらうことは寧ろ歓迎すべきことだった。宮廷韓国料理を食べながら、4人の取締役兼株主で会食した。OBビールで乾杯した後は、マッコリと韓国焼酎だ。

この会社はZIONEXと言い、韓国人のMITの博士3人が、2000年につくったベンチャー企業だ。当初は、グロービスのベンチャー・キャピタル(VC)の投資案件として検討していたが、パートナーのアラン・パトリコフ氏が投資に拒否権を発動したので、個人で投資をすることになった。今、業績は絶好調だ。製造業向けERPソフトとして、サムスン等の韓国製造業の躍進を支えている。

僕は、いきがかり上筆頭株主になり、この4人で80%の株式を持つ。ちなみに、僕が個人で株式を持っている会社は、グロービスとZIONEXのみだ。上場企業には一切投資をしていないし、未上場企業はややこしくなるので、原則グロービスのVCからのみの投資となっている。

ZIONEXの業績はとても良く、年率20%以上で成長している。ZIONEXは、サムスンの成長の秘訣でもある。台湾の製造業とも取引を開始するらしい。日本も乗り遅れないで欲しいものだ。近いうちにZIONEXの経営陣を日本に招き、「サムスン成長の秘訣~製造業の生産性を上げるシステム」と称してセミナーをお願いしようかと思っている。

会社の打ち合わせが一通り終わったので、竹島問題にも触れてみた。李明博大統領が竹島を訪問し、天皇への非礼な発言もあったので、多くの日本人は憤り、嫌韓になったと伝えたら、神妙な面持ちになり、「早く李大統領が交代することを望む」と返答があった。李大統領は、報道の通り、韓国でも評判が悪い。

経営陣の一人に車で送ってもらい、「世界知識フォーラム」が開催されるウォーカーヒルにあるホテルWにチェックインした。漢河が見下ろせる角部屋で、真っ赤なガウンを着ながら、仕事をした。残念ながらプールは、今日明日と工事で使えないらしい。その夜は、マッサージを呼んでのんびりと過ごすことにした。

翌朝、仕事をしてから、「世界知識フォーラム」の会場に向かった。最初のスピーカーは、世銀総裁。地元韓国出身だ。そして、ライス元国務長官のスピーチだ。スタンフォードからの中継で実施されている。その次は、マルコム・グラッドウェル氏だ。双方とも僕の友人であるBBCのニック・ガーウィング氏がモデレートしていた。

メールを使って、ニック経由で、ライス元長官に中国のことを聞いてみた。ライス元長官は、「このままの体制で中国の成長は無い。一人っ子政策のせいで、男が38百万人も多い。昨年で18万6千件もの暴動があった。中国の硬直的な組織は、社会的変化に適応できずに継続できないであろう。対外的に強くなる一方で、内部への対応が増えるであろう」とかなり悲観的だった。

昼食前に、2人の韓国大統領候補者のスピーチが行われた。朴さんと安さんだ。女性と起業家出身の学者との争いになる。韓国民主党の候補者は、既に脱落したとの評判で、この二人の一騎打ちになる。僕は、双方のスピーチを聞いたが、安氏の方が、若者の支持を得ている気がした。

昼食時間を使い、欧州のビジネススクールの教授と打ち合わせた。昼食後部屋に戻り、午後からの二つのセッションの準備を一時間強で行った。ぶっ続けで、二つ登壇だ。「日本代表」の気持ちで頑張るつもりだ。

そして、夕方6時半に世界知識フォーラムでのぶっ続けの2セッションを終えた。出来栄えは、一つ目の”Blossom Your Ideas into Flowers”は良く、二つ目”For the Better Workplace”はまあまあだった。でも、やるべきことはやったから、気分はスッキリだ。

写真:登壇中の写真。
Wkf

本当は、この夜に帰ることを考えたのだけど、フライトが変更できなかったので、もう一泊することにした。グロービスの同僚と、韓国料理を食べに行った。漢江を見下ろす高台にある韓国料理でプルコギを食べ、マッコリもぐいぐいと飲んでしまった。

翌朝6時過ぎにホテルを出た。
カジノで有名なウォーカーヒルの丘をゆっくりと車が下り、漢江を渡る。
夜明け前の薄明かりの中、車が走る。
河沿いに高層のビルとアパートが立ち並ぶ。
小雨が降り注ぎ、ワイパー越しにテールライトが光る。
静けさの中で、カーナビの韓国語が無造作に鳴り響く。

一年ぶりに来た韓国は、一段と成長している実感を持った。テレビで見るK-Popのレベル、ホテルや会議場で触れるスタッフの振る舞い・姿勢、徴兵制で鍛えられている男性、美意識の高い韓国人女性。英語力も上がり、会議でヘッドホンをする人もかなり減った。「国を強くする」という姿勢が明確に感じられるのが、今の韓国だ。日本も奮起したい。そのためには強いリーダーシップが必要だ。

エコノミスト誌の予測では、2050年の日本の一人当たりのGDPは韓国の半分になるのだという。反ビジネス的な政策を行っていると本当にそうなってしまうだろう。

不毛な「金より命」なんて議論をしている暇はない。さっさと原発を再稼働し、3兆円の国富流出を止め、安価な電力を供給すべきであろう。これすらできない政府では、日本はどんどん世界から取り残される。韓国出身の世銀総裁は、今日本にいる。日本のリーダーは、日本再生の強い意思を見せて欲しいものだ。

漢河に架かる橋の上を、電車が通る。
小雨が霧のように、河の景色をぼやけさせる。
空はゆっくりと白みを帯びてきた。
車が河沿いの道から左にターンをした。
僕は、名残惜しそうに、河を振り返った。
そして、車は金浦空港の車寄せに静かに横付けした。


2012年10月11日
自宅にて執筆
堀義人


おまけ:飛行機に乗ると、隣の席に座っていたのが、偶然にも韓国でベンチャーキャピタルを運営する古くからの友人だった。日本で開かれているVCとPEの会合でスピーチするための来日だと言う。機中意見交換する中で竹島問題に至った。そして慰安婦問題で大激論となった。相互理解のためには、正しいと思うことを主張することが大事だと思う。経験的にその方が親しくなるものだとわかっているからだ。飛行機を降りて、2人は日本と外国パスポートとで別々のイミグレーションを通り、税関通過後に握手をして、別れた。


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コメント(2)

  • いつも面白いお話しをありがとうございます。

    1974年~1978年まで(もう34年前か。。。)ソウルに住んでいました。韓国は当時、日本に「追いつけ追い越せ」一色でした。在住時に現代自動車が三菱自動車の支援で初の「国産」自動車を発表(エンジンは実質三菱製だった)し、学校教育の場でも韓国の
    造船業は世界何位、粗鋼生産は何位で、○○年後には日本に追い付く、といった話がなされ、愛国心は強かった。

    また当時、中高年層は日本語が話せ、子供の自分には概して優しかったものの、報道では初老の韓国人が飲み屋で酔い、占領時代の日本の歌を歌い、隣の人に殴られた人の事件などが報道され、当時から日本の痕跡を挙国して消そうとしていたことが思い起こされます。

    外国での暮らしは、自国のありようがくっきりと対照され、色々なことを考えます。当時から日本は自国文化や歴史への思いは希薄でした。帰国後にスピーチコンテストで、日本も自国を知り、誇りを持つべき、と話しました。

    加えて、日本は沈黙を美とするのか、恥ずかしいのか、外国での貢献を自己アピールすることはほとんどしないか、実感されません。これまでの沈黙(努力不足?)が、韓国や中国において一方的に日本が悪者にされる自体を自ら呼び込んでいると感じます。

    台湾や、「古い友人」と呼んでくれる(らしい)インドネシアや、30年前にマハティール政権下、Look East政策を打ち出し日本に多数の留学生を送ってきたマレーシアなど、こちらからアピールしなくても敬意を示してくれる彼らに本当に感謝したいと思いますが、
    http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1004E_Q2A011C1EB2000/

    韓国や日本など、日本敵視の空気のあるところにも、民間含めこちらの貢献を知らせる必要があるので、それは個人レベルでもやってみませんか皆さん。(その前に何をしてきたか自らを勉強しましょう。歴史です)

    ただ、韓国中国とのつながりはとても古く、ハシの使い方、漢字の書き方(また、かなは漢字から派生してできたもの)、また青銅器から始まり陶磁器の技術など、飛鳥奈良以前から新しいものはほとんど中国→朝鮮半島を通じやってきたであろうことも、我々は意識する必要があります。こちらも彼らに感謝し、恩返しすべきではあるのです。

    さらに、従軍慰安婦については言いたいこともありますが、任那の時代から、日本は韓国から多くの職人を、厚遇したものの、「さらってきた」こともあると思われ、歴史をたどれば、両国間の感情には歴史的経緯があることをよく意識し、配慮して意思伝達をすべきと思います。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%BB%E9%82%A3

    投稿者: Y.Tsujihata

  • 昨日に引き続く台湾、韓国訪問の御報告興味深く読ませていただきました。
    私も一昨年NPOの交流の一環として、台北―新竹―日月潭ー台中ー高雄ー馬安山ー鵝鑾鼻(がらんび)公園、と北から文字通りの最南端まで新幹線やバスを乗り継ぎ縦断し、かっての日本の雄飛の歴史とその大きな成果である新日的な関係を大事にしなければと痛感したことを思い出しました。
    現在は尖閣諸島の問題等で色々あるようですが、中国を中心にした歴史的な(大)変動の一環とも感じられ、このような大局的な観点からのますますのご活躍を期待します。

    投稿者: T.Ueda

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