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2016年4月 8日 (金)

日本人・アジア人・地球人 AIが取締役会で発言する未来

※この記事は日経産業新聞で2016年3月4日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。

いよいよ人工知能(AI)と囲碁のトップ棋士との頂上決戦が開催される。3月9日、AIと世界トップ棋士との5番勝負の口火が切られる。勝敗予想は真っ二つに割れている。世界のAI学者はAIが、囲碁ファンはプロ棋士が勝つと予想している。

AIは様々なボードゲームで人間のプロを打ち破ってきた。AI進化の転機となったのは1997年。米IBMの「ディープ・ブルー」がチェスの世界王者を破った出来事だ。その後、将棋でもコンピューターがプロ棋士を負かした。そして2015年10月、囲碁でも米グーグルの子会社が開発したAI「AlphaGo(アルファ碁)」が欧州チャンピオンのプロ棋士に完勝した。

「AIが囲碁のプロ棋士に勝つまでには10年かかるだろう」。つい最近までこのように言われていた。囲碁の碁盤は19×19とチェスや将棋より広く、選択肢は一手ごとに飛躍的に拡大する。アルファ碁を開発したデミス・ハサビス氏によると、囲碁は「宇宙にある原子の数以上の選択肢がある」。途方もない数だ。

チェスの場合、コンピューターは局面ごとに考え得る選択肢をあげ、その中から勝てる可能性が高いものを選んでいる。実際、この方法で勝てた。だが、囲碁では、選択肢が多すぎてこのやり方では勝てなかった。
アルファ碁は「ディープラーニング(深層学習)」という基本思考をとる。過去の対局棋譜というビッグデータを読み込み、自ら模擬対戦を繰り返すことにより、パターン認識能力と戦闘能力を格段に高めることができた。

これはAIが大局観を持てるようになったことを意味する。大局観にシミュレーションを組み合わせ、序盤の布石から中盤の闘い、そして終盤のヨセの精度を磨き上げたのだ。10年かかるとされたプロ棋士との差を、瞬時に埋めてしまったのだ。疲れを知らずに学び続け、意思決定が早く、読みを間違えないAIと人類との勝負。いずれはAIが勝つだろう。このことの意味は大きい。もしAIが囲碁で人類を打ち負かすことができれば、AIが人類に代わって経営をすることができることを意味するからだ。

囲碁と経営は非常に類似性が高い。僕は「経営の複雑性を排除すると、そこには囲碁盤が存在する」という表現をよく使う。

囲碁にはない経営の複雑性は3つのみだ。(1)囲碁は一対一だが、経営では複数のプレーヤーが戦う(2)囲碁では石が勝手に働いてくれるが、経営では多様性に富む人間に働いてもらう必要がある(3)囲碁では外部環境は変わらないが、経営では災害や経済ショック、金融政策、新興国の台頭など外部環境が影響する――。

AIがビッグデータなどを駆使してこれら3つの複雑性を取り込むことができれば、AIが経営の意思決定に関わる日が来るだろう。すると、優秀なAIを抱えた企業が経営というゲームに勝つ確率が高まることを意味する。

AIが人類を負かす時代に何が起こるのか。チェスや将棋の世界では、すでにAIと相談し、AIから学びながらゲームを楽しむことを覚え始めた。僕もコンピューターと囲碁をするときに、画面上でヒントボタンを押して、AIだったらどう打つかを教えてもらっている。

経営の意思決定も飛躍的に進化するであろう。すでにAIは市場分析やマーケティングに活用されている。遠くない未来に、取締役会にAIが座り、まるで外部コンサルタントに見解を求めるように、AIに見解を求めることになるだろう。あるいは、AIが最高経営責任者(CEO)になる時が来るのかもしれない。

今後、人類はAIとともに進化していくことになるだろう。そんな未知の世界の到来を予感させるきっかけになる、AIと人類とのガチンコ勝負。一手一手にワクワクしながらネット中継で観戦することにしよう。

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コメント(1)

  • 興味深く拝読させて頂きました。2016期生の松野と申します。コンピューターが世に出て以来、機械が人に取って替わるというテーマはSFを中心によく取り扱われてきました。それが現実のものになりつつある時代に生を受けていることに特別な感慨を持っています。

    個人的にこのテーマを考えるときに同時に頭に思い浮かべる命題があります。それは「神仏は本当に存在するのか?」です。私の家は代々仏教徒なので無神論者でも無宗教でもないのですが、宗教や人知を超えた存在には必ず生みの親の存在があります。怒られそうですがそれは「人間」です。神様がいて人間がいたわけではない因果性があると私は思っています。

    件のAIですが、こちらにも生みの親が存在します。「人間」です。AIにも「感情」や「自己進化」を人為的にプログラムすることは可能と思いますし、そのうち自己診断の確度も上がって本当に「自立型AI」が出来るかもしれません。しかし、世の中を見渡してみると不可解な現象や奇妙なニュースが溢れており、もっと身近なところに目を向ければ全く理論的ではないビジネス上のデシジョンに遭遇する例は枚挙に暇がありません。何故でしょうか。私は「神」も「AI」も生み出した「人間」という要素の介在のためだと思います。恐らく「人間」が「人間」を止めない限り、この不可解な「人間」という要素は消えてなくならないと思います(そう思いたいところですが)。従って、私はAIが台頭する時代になってもAIがCEOになることはないのではないかと思います。「人間力」が必要とされる限り。

    長文乱文何卒容赦下さい。

    投稿者: 松野幸作

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