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2003年3月 3日 (月)

日本人・アジア人・地球人 シドニーYEO社長大学を終えて

戦時下のようにピリピリした厳寒の米国東海岸の出張を終え、日本にて時差ぼけを感じるひまも無いほどの忙しい4日間を過ごし、今度は真夏のシドニーに出張である。

今回シドニーに出張に来たのは、YEO(Young Entrepreneurs' Oraganization)の社長大学(ユニバーシティー)に参加するためだ。そのYEOのシドニー社長大学(年に2回行う国際大会)に、今回初めてスピーカーとして招かれることになったので、喜んで参加することとした。

僕は、海外出張となるとなるべく多くのことをいっぺんに済まそうと思案するたちだ。つまり、一つの目的のみでは遠くまでは行かない(先のコラム:「厳寒の米国出張を終えて」のとおり、スケジュールをいっぱい埋めてしまう方だ)。今回は、出張に際して、以下のことを考えた。

・ YEOといえば、基本は夫婦同伴である。今まで、YEOのコンファレンスには、マレーシア、ブリスベーン、香港と家族と共に参加した。
・ 更に、シドニーといえば、僕の第二の故郷だ。高校時代(23年前)に一年間ホームステイしており、ホストファミリーも健在だ。一昨年には、ホストファミリーはわざわざ日本まで会いに来てくれた。僕の子供(彼らの孫?)に会ってもらい、山小屋の土地も一緒に見に行った。今回はできたら家族を連れて彼らとのんびり過ごしたい。
・ 最近は、海外出張が多く、しかも移動がいつも土日だ。家族とのんびりできていない。

よし、やはり家族を連れていくこととしよう。月・火二日間は休みを取り、シドニー近郊でホストファミリーとのんびり過ごそう(当然、家族の費用と宿泊費は私費だが、それでも貴重な時間には代えがたい)。そのあと4日間は、社長大学でスピーチをしたり、投資家に会ったり、みっちりと社長大学で勉強しよう。

ということで、家族とともにシドニーに行くことになった。2月22日(土)の夜行便で成田を発ち、朝シドニーに着いた。疲れていたのか機内ではぐっすりと眠れた。シドニー空港に着くと、ホストファミリーが迎えにきてくれていた。マイクロバスで、ボンダイビーチ沿いのホテルまで行った。その日は、珍しく雨が降っていたのでホストファミリーとともにのんびりと一日を過ごした。

翌日(月曜日)は、海で一日子供達と遊んだ。山小屋が完成してからは、子供達と遊ぶのはいつも山ばかりなので、以前から海で思いっきり遊ばせてあげたいと思っていた。
ボンダイビーチは、砂が白く波が高い。ちょうど、僕が小さいころ良く遊んでいた東海村の村松海岸に良く似ていた。子供が波に向かって戯れている姿を見ると、昔のことを思い出してしまう。

子供はよほど楽しかったのか、火曜日もまた海で一日過ごした。本当にのんびりと二日間過ごせた。

水曜日の午前中にホテルをチェックアウトして、シドニー市内のウェスティンホテルに移動した。社長大学が開催されるウェスティンホテルは、シドニーの中央郵便局を改装してできた最新のホテルである。かなり快適だ。

水曜日の昼間からは、早速プログラムが始まった。


<2月26日水曜日>
14:30〜15:00 開会宣言

15:00〜16:00 キーノートスピーチ:

ニューサースウェールズ州知事の挨拶だ。僕は、つまらなかったから途中で外に出て久しぶりに再会した世界各国の起業家仲間と立ち話しをしていた。

16:00〜17:00 マクオーリー銀行の頭取 スピーチ:


マクオーリ銀行は、創業30年間強で豪州最大級となった銀行である。
原稿を読み上げているだけのスピーチだったので、途中で退席し日本から参加していた大原社長や松崎みさ社長らと談笑した。松崎さんは、元グロービスの受講生で6年前に自ら会社を創業。その後YEOにジョインして、今やYEOの北東アジア地域のリーダーとして、日本・韓国・中国(香港)と台湾を見ている。英語もぺらぺらで、とても社交的であり、しかも勉強熱心である。頭が下がる。クラブアジアの大原さんは、海外では"ドラゴン・チェン"と呼ばれており、海外の起業家に全く臆することなく交流をしている。とても楽しい人で、皆から愛されるキャラクターの方だ。
今回は、お二人以外に最近YEOにジョインしたばかりの桑原社長御夫婦が来ていた。日本から、同伴のゲストを入れて6名の参加である。全世界からは300名以上来ているのでちょっとさびしい感じはするが、僕らが日本代表としてプレゼンスを上げなければならない。僕もスピーチを頑張らねば。

17:00〜18:10 ブレークアウトセッション(50名づつ程度に分かれてのスピーチ):

僕は、Gordon Petersonの"How to Start a "Creative Revolution" at Work"に参加した。

18:30〜19:30 シドニー湾のクルージング:

中規模の船に乗り、明るいうちにシドニー湾に繰り出し、オペラハウスやハーバーブリッジを見ながら起業家仲間とシャンパンを飲み、夕暮れとともに食事を始める。
夕暮れのシドニー湾は本当に綺麗だ。


<2月27日木曜日>
8:30〜9:30 キーノート John McGrath氏のスピーチ:

久しぶりの大ホームランだった。24歳で不動産会社を創業して、現在39歳で社員250人、1000億円の売上高を達成した起業家の話だ。ビンビン来るものを感じた。
やはり、成功している起業家の話は面白い!

10:15〜11:15 Tai chi(大気)のクラスに参加:

僕は、気分を変えてTai chi(大気)のクラスを選んだ。
中国の公園でゆっくりと動いているあの動きを実践してみた。こういう違った学びがあるのが、ユニバーシティ(社長大学)の魅力の一つだ。

11:15〜12:30 "Building Great Entrepreneurial Company"に参加:

ベイン・コンサルティングの創業メンバーの一人が講師をするセッションだ。皆僕自身が知っていることばかりだったので途中で抜け出した。僕は、かなり我侭な学生かもしれない…

昼食の後は、スピーチの準備をしていた。少しづつ緊張感が増してきた。一日のうちに2回セッションを持つことになった。なんと、15分の休みをおいて同じことを二度喋らなければならない。

15:00〜16:15 1回目のセッション
16:30〜17:45 2回目のセッション

反応はまあまあだったようだ。僕も楽しめた。しかし、かなり疲れた。
英語で、特に起業家向けに2回も喋るのは、やはり相当疲れる。

スピーチの後一休みして、夕方18:30から、シドニー湾の東端に位置するDoyleというシーフードレストランでの食事に参加した。バスで30分ほど移動したところだ。
今度は、シドニー湾の水に反射する高層ビルを楽しみながらの食事である。僕らは、翌朝に投資家とのミーティングがある事を考え、早めに切り上げて帰ることにした。


<2月28日金曜日>
8:30〜9:40 Andrew Banks氏の"Human Capital-Some "Hot Tips" for YEOers"に参加した。自らが起業家として社員2000人の会社を創った人の話は、やはり迫力があった。
しかし残念ながら、僕にとってはあまり新味が無かった。投資家とのアポの為、途中で会場を後にした。

10:00〜11:15 投資家と面談した。4年前から何度か会っている顔なじみの投資家だ。日本で2回会い、香港で1回会い、今度はシドニーで会っている。とても感じのいい人々だ。ファンドの実績が良いのでとんとん拍子で話が進んだ。次のファンドからは、もしかしたら豪州から投資を受けられるかもしれない、とちょっと期待しながらホテルに戻った。

11:45〜12:00 エジソンアワードの表彰である。エジソンアワードは、エジソン財団がイノベーションを持つ製品を開発した会社や、ラーニングオーガニゼーションをつくった組織に年に1回授与される賞である。2回目にあたる今年に、何とグロービスは、ラーニングオーガニゼーション部門でトップとして表彰された(全体としても世界で3位の賞を受けた)。名前を呼ばれて、YEOの起業家の拍手を浴びながら、壇上に上がり、トロフィーをもらった。そのトロフィーは、エジソンの発明したランプのプロトタイプである。そのトロフィーを高々に上げて、席にもどった。ちょっと嬉しいような、恥ずかしいような気持ちである。

昼食後、海軍特殊部隊の将校による危機管理のクラスに参加した。


<3月1日土曜日>
朝から知的所有権に関するセミナーを聞いた。これは、久しぶりのヒットである。
今後の経営や投資に新たな示唆を与えてくれた。

昼食後は、イラクの査察官のリーダーだったRichard Butler氏のキーノートスピーチを聞いた。これが実に面白かった。彼は、冷戦後の歴史的な流れを説明した後に、生々しい話を聞かせてくれた。「イラクは明らかに大量破壊兵器を持っている。私は現物を見た。それは、フランスとロシアが提供したものだ。領収書もあった。アメリカは、恐らく国連の同意は得られないだろう。それでもアメリカは、3週間以内にイラクに攻め込むことになろう。それは、超大国による明らかな国際法違反であり、国連を軽視したことになる。これは、諸外国から大きな反響を呼ぶであろう。米国はもっと大人になり、国際社会の一員として使命を果たすべきだ」、と。ユーモアを交えながらも、冷静に喋る口調には説得力があった。

Butler氏は、このコンファレンスで唯一スタンディング・オベーション(全員立ち上がっての拍手)を得ていた。当然、不満げな顔をして座ったままの人もいた。当然米国人である。しかし、他の国からの参加者は皆大歓迎である。YEOの社長大学で唯一政治的な話題であった。

そして、その後Lee Ellisの"Leading Teams to Build Profits"に参加した。これもある程度は予想の範囲ではあった。その夜のブラックタイ(正装)のパーティーで、社長大学の全プログラムを終える。僕は、パーティに参加せずに子供達と一緒にタクシーでホストファミリーの家に向かい、芝生でサッカーを楽しんだ後に、BBQでオージービーフを焼いて楽しんだ。

部屋に戻りパッキングを終え、今、子供達が眠る横のデスクでパソコンを叩いてる。

長くなってしまったが、今回の出張を終えての感想をもう少し書いてみることにした。

1). 年に1回このような社長大学に参加して、様々な視点からベンチャー経営というものを学ぶ・考える機会があるととても役にたつ。スピーチの内容の良し悪しよりも、その間に頭の中に思いつくことが、重要なのであろう。いくつか、グロービスや投資先の経営に使えるヒントやアイディアをもらえた。やはり、起業(Entrepreneurialship)というのは、僕が以前「ケースで学ぶ起業戦略」(1995年日経BP社。既に絶版)に書いたが、"ロマン(夢)であり、アート(芸術)であり、しかもサイエンス(科学)である。ただ、一方では、とても泥臭いヒューマン(人間的)なプロセスであると思う。やはり、夢を持ちながら、科学的に経営をとらえ、しかも感性を磨き、最後はマジメに地道に努力した者のみが成功するのだと思う。
2). 英語でのスピーチは、今後ともやりつづけよう。僕は、今回のスピーカーの中で唯一のアジア人であった。やはり、日本人がスピーチをすることによって日本のプレゼンスも上がってくると思う。ただ、それ以上に、国籍に関係なく、起業家・ベンチャーキャピタリストとして、僕の経験を他の起業家にシェアすることが、他の起業家にインスピレーションを与えることであるなら喜んでやり続けたいと思う。
3). エジソンアワードをもらったことに対しては、ちょっと複雑な気持ちである。当初は、エジソン財団が授与する「エジソン大賞」という名前に惹かれて、YEOの事務局から推薦を受けたので、応募してみた。だが、受賞した後なんだかしっくり来ない。あまり嬉しくないのだ。なぜシックリこないのか自分でも考えてみた。

本来、起業家が受けるべき賞というのは、少数の審査員によって決められるべきではないのではないかと思う。起業家は、数多くのお客様、投資家、社員・スタッフなどのステークホールダー(関係する企業・人)から日々もらえる感謝が、かけがえの無い賞なのではないかと思う。ちょっとキザな感じがするが、本当にそうだと思う。

例えば、グロービス・マネジメント・スクール(GMS)の場合は、GMSが目指す姿である社会認知型大学院に応募してくださった受講生の方々、GMSに派遣してくださっているクライアント企業、、そして教えてくださっている講師の方々が、グロービスを通して喜びを得て、グロービスが感謝された時に、賞を与えられた以上の栄誉が受けられるのであると思う。一方、ベンチャーキャピタル事業の場合であれば、当然投資家が出資してくれた時や、有望なベンチャー企業がグロービス・キャピタルをパートナーとして選んでくれて、喜んでくださった時の方が、賞を受けるより価値があると思う。

やはり、起業家は起業家らしく、賞にはとらわれずに地道に社会に根ざして、一日一日を大切に生き、一人一人に心をこめて接し、一歩一歩確実に前進するのが本来の姿なのであろう。

明日、日本に帰国する。明日からまた起業家として頑張ろうと、新たな決意をしパソコンを閉じることとする。

シドニーにて

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