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2005年4月28日 (木)

組織人 あすか会議 その3 -興奮のうちに終了

あすか会議の二日目は、ジョギングから始まった。

朝5時30分過ぎに起床し、Tシャツとスウェットに身を包みジョギングシューズを履いて、奈良ホテルからあすか荘まで軽くジョギングした。晴れていたが、空気はまだ冷たかった。僅かに桜の花がついている木が残っていた。あすか荘のロビーには、朝6時の集合時間に向けて、三々五々にジョッガーが集まってきた。

ジョギング組が7名、ウォーキング組が数名の計十数名のメンバーであすか荘を出た。猿沢の池を左手に見て、興福寺の五重塔の前の道を右折した。暫く十数名で歩き、奈良公園の入り口に差し掛かったところで、ウォーキング組に別れを告げ、ジョギング組の7名が走り始めた。奈良公園のでは、鹿も目を覚ましていて、朝の気持ちのいい空気を楽しんでいるかのようだった。7人組は、早く走る3名と、ゆっくり走る4名とに自然に分かれていった。

先頭集団は、先ず春日大社の参道から、緩やかな階段を颯爽と駆け上がって、春日大社の本堂の門の前で手を合わせて祈願をした。その後、若草山を右手に見ながら、東大寺の二月堂まで向かった。二月堂の階段を一挙に駆け上り、木でできた舞台になっているところで足を止めた。眼下には、奈良の市街とそれを取り巻く緑の山が見渡せた。僕ら早く走る3人組が、見入っている間に、ゆっくり組が追いついてくるのが見えた。

たまたま一人で朝の散歩をしていた日本ベリサイン元社長の川島昭彦さんとも二月堂で合流した。奈良の市街を見下ろしながら、川島さんがぼそっと喋り始めた。「高校までずっと奈良で育ったけど、今になってやっとこんなにいい環境にいたんだな、と実感することができた。年をとったのかな」、と。川島さんは、僕の京大工学部の同級生である。三井物産から転職をして40才前に日本ベリサインの社長となり、時価総額数千億円の会社の社長を務めた後に、自らの意思で今年の3月末に円満退社したばかりであった。(このあたりのいきさつは、後の第三部で耽々と語ってくれていた)

奈良の地理に詳しい川島さんが地図を見ながら、そこからのジョギングコースを指でなぞってくれた。川島さんを含め合計8名で写真撮影をして、7名で再度走り始めた。東大寺の大仏殿を右手にみて、浮見堂の池の周りを走った。再度7名で堂の中で記念撮影をした(その模様は、どこかのブログで写真が掲載されるのではと思っている)。そこから、奈良ホテルに戻った。合計5キロ弱を一時間程度で軽くジョギングをした。僕は部屋に戻り、荷物をまとめてチェックアウトし、ジョギングウェアのまま荷物を持ってあすか荘に向かった。どうしても、温泉に浸かりたかったのだ。

一緒に走った仲間も温泉にいた。「毎年あすか会議では、ジョギングをすることにしよう」と、湯船に浸かりながら、約束をした。お風呂を出てからは、和食の朝食を頂き、第三部のプログラムが始まるまで、コラムの執筆をした。

9時ちょうどに、第三部がスタートした。僕は、キャリアの部(前述の川島さんなどがパネラーである)と官民競争のセッション(参照コラム:あすか会議その1)(経済産業省の杉田課長がパネラーである)の両方を掛け持ちして参加した。いずれのセッションも盛り上がっていた。このあすか会議の特徴は、参加者が積極的に発言・質問をしている点である。皆、経営学を体系的に学んでいるからか、相当レベルが高い意見交換がなされている。休憩をはさんで、最後のセッションの日本の部と環境の部がスタートした。参議院議員の田村耕太郎さんと品川女学院の漆さんが日本の部のパネラーで、政治及び教育に関して意見交換された。環境の部では、星野リゾートの星野社長とグロービスの講師でもある渡辺パコさんがリードしていた。実に興味深かった。

第四部が終わったところで、全員が一つの部屋に集まり、最後のクロージングイベントが行われた。早いもので、もうクロージングである。閉幕の挨拶を大阪から参加の高橋実行委員長がいつものようにジョークを交えながらしてくれた。あすか荘を出て、興福寺前の階段のところで、総勢100名の参加者全員で集合写真を撮影した。そして、猿沢の池を左手に見ながらフェアウェルランチョンの会場に歩いて向かった。天気は良く、僕は半袖のポロシャツのままで歩いてた。陽射しがまぶしい。猿沢の池には、緑亀が気持ちよさそうに何十匹か浮いているのが見えた。天敵がいないのか、じっと浮いて止まっているのである。

フェアウェルランチョンで、ビールを飲みながら談笑した。二時間ほど楽しく、飲んで食べて喋っていたが、最後の締めくくりの時間が来た。僕がマイクを持って簡単に話し始めた。

「第一回目のあすか会議は大成功だったと思う。二回目の来年は、小淵沢で開催しようと思っています。来年には、今年より成長した皆さんと再会したい。ぜひ皆さんが創造と変革の志士として、多くのチャレンジを自らに課せて、さらに精進して欲しい」。

そして最後に全員で、「また来年、あすか会議で会いましょう」と唱和して、クラッカーとともに、第一回目のあすか会議は、終わりを告げた。

その足で近鉄の奈良駅に向かい、田村参議院議員と話しをしながら京都に向かった。新幹線の中ではぐっすり眠れた。東京の自宅に着いたのが19:00過ぎであった。
こうして、第一回目のあすか会議は、無事成功裏に終了することができた。

また、来年のあすか会議で会いましょう。(^^)/

2005年4月24日
自宅にて
堀義人

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