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2007年7月24日 (火)

個人 水泳のジャパン・マスターズ4回目の挑戦 - その1:マスターズへの道

今年で45歳になった。ということは、水泳のマスターズにおいても年齢区分が上ることになる。つまり、今までの3回のマスターズ挑戦は、40-44歳区分での戦いであった。45歳になる、ということは、45-49歳のスイマーとの戦いになるのである。当然、45歳になりたての年は、一番年齢が若いので有利である。マスターズ参戦4年目にして、初めて8位入賞を果たせるチャンスが巡ってきたのである。「今年を逃すと、もう二度とメダルをもらえるチャンスがやってこない」、という強い気持ちで、今年は練習に励むことにした。

ちなみにジャパン・マスターズとは、高校野球でいう夏の甲子園大会のようなもので、ここで勝たないと意味が無いのである。また、この大会以外で勝っても自慢ができないのである。つまり、トップスイマーが皆この大会を目指して練習する、年に一回の一大イベントなのである。

ところが、一つ大きな問題が発生した。今まで、僕が所属していた「オアフ紀尾井町スイミング・クラブ」が、昨年の8月をもって解散することとなってしまったのである。どうやら、プールが入っていた紀尾井町のTBRビルを外資系の不動産ファンドが買い取り、再開発することとなり、儲からないプールは維持されないことになったのだという。困ったものである。子供たちも皆オアフ紀尾井町で練習をしていたから、子供4人と父親の一家郎党もろとも練習場所を失ってしまったのである。

会員制のクラブは既に退会済みだし、入会しても子供は連れていけないので今更ジョインする気にはなれない。仕方が無いので、子供たちを連れて毎週一回、近くの小学校のプールで自主トレーニングをすることにした。 その小学校には、インドアのスイミングプールがあり、平日の夕方18時から21時まで、土日は終日、一般開放されているのである。

その日から子供たちと一緒の練習が始まった。ぼくは、毎回1000メートルを泳ぐことにした。長男・次男は、毎回50メートルを12本のノルマである。三男と四男は、小さなプールでビート板を使って往復40回、という目標を決め、それぞれが練習を始めた。一応、水曜日の18時から50分間と日程と時間を決めたが、当然僕の出張や会議のスケジュールによって練習日が変更となった。ただ、子供たちとは週一回必ず一緒に行くと約束した。「パパスイミングクラブ(略称:パパスイ)」の始まりである。

僕は今年に入ってから最低週に3回は個人として泳ぐことを決めた。パパスイとしては、週に一回である。そして忠実にその目標を守り、何が何でも週3回は泳ぎ、家族とも週に一回は必ず一緒に泳いだ。僕は明らかに体型が変わってきたのがわかり一日泳がないと体がなまってくる感じがしてきた。

子供たちも成長していった。春になると全く泳げなかった三男(5歳)が25メートルを泳げるようになっていた。次男も、やっとのことでこなしていた600メートルのメニューをラクラクできるようになっていた。長男のスピードも上ってきた。四男もそれなりにケノビができるようになってきて、パパスイも軌道にのってきたのである。

ただ、もう一つ問題があった。マスターズに参戦するには、チームに所属するしかないのだ。僕は、チームに所属していないので、自分でチームをつくるか、どこかに所属するしかないのだ。チームに所属しても知らない人ばかりだと面白くない。そこで、チームをゼロからつくることを考え出した。名前は、「麹町スイミングクラブ」にしようか、「パパスイミングクラブ」にするか悩んだ。

そこで、朗報である。グロービスの社員全員参加のリトリート(合宿)で、素晴らしいアイディアができてきたのである。「グロービスにも社員交流のためにクラブ活動を創るべし」、という提案が社員から出されたのである。僕は、そのアイディアにすぐにのった。クラブ活動規定を作り、経営執行会議で意思決定して、次のとおり、大学のようにクラブを二つに分類して、会社の補助の額に格差をつけることにした。

○部活動:大会など発表の場があるもの。
○サークル活動:大会などには特に出ないもの。

最低5名の部員が必要なので、水泳仲間を募り、すぐに部活動として申請した。部長は、日本代表の北島康介選手をやぶった経験を持つ、オールジャパン4位の島根氏が就任した。名前は、「グロービス・スイミング・クラブ(GSC)」である。いよいよチームができたので、この名前でマスターズの大会登録も済ませた。僕はマスターズの永久会員となったので、生きている間は会員でいられるのである。末永く、泳いでいたいものである。

水泳部も以下のとおり、二通りに分類した。

○イルカチーム:マスターズの大会に出ることを目的にした競泳チーム(最低一回は練習)
○あひるチーム:ぱしゃぱしゃと楽しく泳ぐ、健康のために泳ぐチーム

イルカチームは、男性ばかりでいいとしても、何とかアヒルチームに女性陣を増やしたいと思い、スタートした。ところが、練習、合同記録会、そしてランチミーティングを通して、残念ながら女性部員は、どなたも参加されない。

そこで、男性ばかりでランチ会合をしているときに、皆で知恵を振り絞った。「なぜ女性が参加しないのだろうか」、と考え続けた結果、問題点が明確になったのだ。(^^)¥

「アヒルのネーミングが良くないのだ」、と。
「アヒルでは、パシャパシャ水浴びしているイメージなので、麗しき女性が集まらないのだ」。

そこで、ネーミングを、アヒルからマーメイド(人魚)チームに 変更することとした。
素晴らしい名案である。

それでも、現在まで、残念ながら麗しきマーメイドは、照れくさいのか、姿を見せてくれない。
マーメイドな皆さん、ぜひご参加を。(^^)/

なぁ〜んてことをしているうちに、ジャパンマスターズの当日となった。2004年にマスターズに参戦してから、今年で4年目である。
参照コラム:水泳のジャパンマスターズ参戦報告

過去に東京で二回参戦し、大阪で一回参戦した。10回連続で参戦すると賞をもらえるのである。それを目標に毎年参戦してきたが、今年は大きな目標があった。冒頭に触れたとおり、8位入賞してメダルをもらうことである。そのために、一生懸命に練習してきたのである。GSCからは、僕以外に2名参加した。残念ながら、今年はリレーを組めなかった。

子供5人を車に乗せ、家族7人で辰巳の国際水泳場に向かった。車の中では、スター・ウオ-ズのDVDがかかっていた。「パーパーパン パパパーン パパパーン♪♪」のダースベーダーのテーマ曲が聞こえてきた。気分が高揚してきた。


2007年7月17日
マスターズ参戦の翌日に執筆
堀義人

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