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2007年7月20日 (金)

組織人 欧州視察団Ⅵ〜アジアNo.1と欧州No.1との「友達提携」

17年ぶりに、二回目のジュネーブ訪問である。今も17年前とは変わらない街並みが、温かく僕を迎えてくれた。今回ジュネーブに来た目的は、ヨーロッパNo,1のベンチャー・キャピタルの創業者兼代表のご自宅を訪問し、提携することである。 そして偶然にも 17年前にジュネーブを訪問したときに泊まった家が、 その創業者兼代表の家だったのだ。つまり、二回とも訪問先は、同じ友達なのである。どういうことかということを、説明しよう。

欧州No.1のベンチャー・キャピタルであるインデックス・ベンチャーの創業者は、ニール・ライマー氏と言い、僕のハーバード・ビジネス・スクール(HBS) のセクション・メイト(日本風に言うとクラスメイト。同じ学年で同じ組) なのである。つまり、ボストンで2年間、同じ釜の飯を食った仲なのである。

僕は、17年前の1990年、28歳のときに欧州6週間のバックパックの旅に出たのである。MBAの一年次を終えたあとの夏休みに、ニューヨークで夏季イ ンターン(サマー・ジョブ)をし、その後に、「世界を知ろう」ということで、6週間欧州の都市を旅したのである。42日間に合計で23都市を訪問したその旅の途中で、ジュネーブに立ち寄り、ニールの家に3泊ほど泊めてもら ったのである。ニールはその当時、ジュネーブに帰省して、マッキンゼーで夏季インターンをしていたのだ。

僕は、彼の家に泊まり、お父様や弟さんたちと一緒に過ごした。昼間はニールが仕事に行っているので、白い小さい車を借りて、レマン湖のほとりをドライブしたり、モンブランに登ったりしていたのだ。ニールが会社から戻った後は、一緒にフランス側でテニスを楽しんだりした。ニールとご家族には大変お世話になったのである。

そのニールとは、卒業後、2001年のリユニオン(同窓会)で一回会ったきりで、ご無沙汰していたのである。ただ、その間彼の活動は、同業のベンチ ャーキャピタリストということもあり、耳に入ってきていた。その彼の会社、インデックス・ベンチャーズは、欧州発のグローバル・インターネット電話会社であるスカイプ社に投資をして、大当たりしたのである。グーグルへの投資に匹敵する大成功である。

その彼に会いに、僕は、17年ぶりにジュネーブに来たのである。今度は、学生のニールではなくて、欧州No.1のベンチャー・キャピタルの代表に成長したニールに会うためである。たまたま、5月28日(月)は、欧州各国はキリスト教の祭日であるらしい。当初、翌日の朝8時30分に会う約束をしていたのだが、ニールの予定が合わずに前日に自宅で会合することとなったのである。

レマン湖を見下ろせる高級住宅街に車は向かい、彼の番地を見つけた。呼び鈴を鳴らすと、髪の毛がボサボサのニールが出てきた。Tシャツにジーパンというラフな格好である。雰囲気は、学生時代と殆ど変わっていなかった。抱き合って再会を喜び、“Come on in”と言われて、彼の家にお邪魔した。

入るなり、奥様と子供3人が挨拶にこられた。3人の年齢は、ちょうど僕の子供の長男(10)、次男(8)、三男(6)の年齢と一緒である。お互いに卒業した後、何をしてきたかを語り合った。既に同級生同士の会話に戻っていた。

一通り話をした後、ニールはワインセラーを案内してくれた。Saternの貴腐ワインを選び、それ以降は、ワイングラスを傾けながらの会話となった。やはりその方が会話が弾む。ニールは、卒業後 、父親の会社に入り、二人で投資銀行業務を行っていた。1992年からは、投資家のお金を直接ベンチ ャー企業に投資をする事業を始めた。1996年にパイロット・ファンドを立ち上げ、社債などに投資をしながらも、ベンチャー企業への投資を始めた。それまでは、インデックス証券という名前であった(1996年は、偶然にもグロービスがベンチャーキャピタル・ファンドを立ち上げた年であった)。

1999年にインデックス・ベンチャーとして投資を始め、2001年に2号ファンド、2004年に3号、2006年に4号ファンドと投資をしてきてい る。2号ファンドからスカイプの投資を行い、それが大成功をしたのである (1999年は僕らがエイパックスと組み200億円のファンドを立ち上げた年であった)。 偶然にも僕らの歩みが重なり合っているのだ。

お互いに、家族の状況も語り合った。ニールの結婚も1993年で僕と同じようなタイミングであった。そして、アジア・欧州の投資環境に関して意見交換をしたり、何が大変だったかを教えてもらったりした。

非常に楽しいひと時である。あっという間に時は過ぎていった。僕からは、友達に楽しい話をするかのように、グローバル・アライアンスの提案をした。

「ちょうど航空会社が何社か集まって、スター・アライアンスやワン・ワールドなどの世界的提携をするように、僕らVCも提携をしようよ。どうせ、インデックスとグロービスが競合することがあり得ないのだから、協力しあってはどうだろうか。インデックスが、欧州No.1になり、グロービスがアジアNo.1になる。そして、年に一回パートナー同士が集まり、業界知識の交換、投資家の紹介、投資先企業の相互協力などしないか?」、と。

彼は、「すばらしいアイディアだ。ぜひやろう。どうせやるなれば、米国も入れよう。どこがいいだろうか?」、と話が持ち上がった。

そのままトントン拍子で話が進み、結局米国のVCファンドも、クラスメイトが二人パートナーとして活躍している会社にしよう、となり、香港にも同じクラスメイトがつくったVCがあるので、そこも加えて、NYの○○のVCも仲間に入れよう、と話が盛り上がり、たちまち5社のVCグローバル・アライアンス構想が出来上がった。

僕らの、クラスは、“Section I“ なので、『Section I Alliance』で行こう、ということになり、これであれば、誰に対しても説明しやすい。5社のどのVCもその分野では、No,.1の評価を得ているのである。

何というパワフルなネットワークであろうか。ものの数分で、こういう話が決まっていくのである。ま、実現するまでは紆余曲折があろうが、このようにアイディアが固まっていくのは、とても気持ちがいいものである。

そして僕らは、趣味の話をし始めた。僕は、囲碁や水泳の話をした。もう既に2時間以上時間が経過していた。その間、パパに甘えたい子供たちが、出たり入ったりしており、微笑ましい光景である。

夕食を作っている気配がしたので、お暇することにした。ニールが車でホテルまで送ってくれた。

「ジュネーブは、17年前と何も変わらなくていいね」、と僕が言うと。
「変わらないというのは、良い面と悪い面がある。いい景観が残って嬉しいが、一方ではこのまま変化をしなくてもやっていけると思っている人々が多いのが心配である。現状よりも更に上に行かないと世界の変化からは、取り残されていく」、と。

僕は、その言葉を聞きながら、17年前と変わらないレマン湖の噴水を眺めていた。
ホテルに着き、硬い握手をして、ニールと別れを告げた。17年前と変わらない友情であった。


2007年6月1日
成田に向かう機内にて執筆
(その後7月17日に加筆・完成)

堀義人

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