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2010年2月15日 (月)

技術・革新 ツイッター7つの仮説

最近ツイッターを始めて、気づいた点があったので、簡単に「7つの仮説」としてまとめてみることにした。こういうのは、始めた当初の新鮮な感性を持っているときに書かないと、すぐ日常の「当たり前」になってしまうので、このタイミングで文書化することとした。ま、皆さんにとっては、ありきたりの内容かもしれないので、ちょっとした長い「つぶやき」程度で読み飛ばしてください。

仮説1:ITの進化に伴い、議論の質が下がる。

僕は、ニフティのパソコン通信の時代から、サイバースペースのネットワーキングには、深く関与してきた。ニフティの掲示板のFBINCでは、よく発言していた。今でもよく覚えているのが、1996年当時にベンチャー・キャピタルを立ち上げた際に、「サイバースペース・インタビュー」と称して、FBINC上で1週間期限を切って、質問を受け付けた時のことだ。全ての質問に対して徹夜をしながら、僕は一生懸命に答えた。その際に、サイバースペース上で出会ったのが、ワークス・アプリケーションズの牧野さんである。牧野さん曰く、PC越しにその書き込みを見ながら、「この人であれば、安心できる」と思ったようである。
その後、インターネットの環境に移行し、ブログ、ツイッターなどと進化してはきた。だが、考えてみたら、ニフティの掲示板時代がもっとも議論の質が高かったように思う。ツイッターのように140字の制限であれば、もはや議論はできないであろう。ま、そもそも議論の質の高さをツイッターに期待する人は、あまりいないのであろう。


仮説2:一方では、訴求力・リアルタイム性が抜群に上がる。ツイッター(SNS)、ブログ、動画などの組み合わせにより、よりパワフルな発信力を個人が持つようになる。
ツイッターは、リアルタイム性があり、かつフォローの数が可及的に膨れ上がる潜在力がある。一方、仮説1のとおり、議論の質は低下する。ただし、告知能力やバイラルのコミュニケーション能力は、飛躍的に高まる。さらに、ブログ、SNS、動画と組み合わせることによって、140文字のみという弱点を補完できる。100万人がフォローすれば、100万人が購読している新聞紙よりもパワーを持つこととなる。しかも新聞の購読者よりも、関係性を持つ「同質のTRIBE(種族)が集い、無数のAVATARに語りかけることになる」(ダボス会議での発言)。それが、無数に広がっていくのである。


仮説3:知のインプットの時間が減るので、人々は扇動されやすくなる。
ツイッターに仮に一日30分程度アクセスする。そうなると、人生の中の30分を削る必要がある。さて、何を削るのであろうか。現代人は、コミュニケーションに費やす時間が膨大に増えている。携帯メール、インターネット、電話などへの時間が増えた分だけ、当然インプットの時間が減る。不特定多数から来る膨大な情報を仕入れる術を持つが、その分、本を読んだり、考えたりする時間が減るのではないか。そうなるとコミュニケーションを通して感知した認識によって動かされやすくなる。人々は、事実よりも感知した認識によって、動かされる。事実をもとに、何が正しいのかを自分の頭で考え、見極める人が育たないと、ツイッターを通しての扇動(アジテーション)によって、社会が動くことが多くなると思う。これが、イランや中国などの全体主義国家がインターネットを通じた自由なコミュニケーションの加速に脅威を感じる理由でもあろう。


仮説4:パーソナルな情報がマスメディアを凌駕する。
一方、人々が、感知した認識で動かされるならば、今後更にコミュニケーションの重要性が増してくる。ツイッターなどの草の根発信が増えると、情報発信・伝達の「民主化」が起こり、無数の意見が多く発せられることになる。その結果、事実と感知された認識とのギャップが減る筈。ただし、先に述べた「自分の頭で考える力」が増すことが条件となる。

ダボス会議において、次の質問があった。「この中で記者の人は何人いますか?」。次の質問が、「この中で、ブログ、SNS、ツイッターをしている人は何人いますか?」である。基本的には、マスメディアからの発信よりもパーソナルな発信が増えるのである。今後は、「日経新聞によると」よりも、「○○さんによると」の方が信憑性を持つ時代が来るであろう。一例ではあるが、日経新聞のダボス会議でのカバレッジは、マクロの政治・経済に偏ってしまっていたが、もしかしたら読者が知りたいのは、生のダボス会議の体験記だったのかもしれない。パーソナルな情報発信によって、マスメディアと違う情報を得られるようになることは、ありがたいことである。


仮説5:コミュニケーション依存症(ジャンキー)が増え、物理的交流の機会が減る。
携帯、パソコンなどの機器でインターネットなどのコミュニケーションが増えるにつれて、「コミュニケーション依存症(ジャンキー)」という言葉が、使われるようになるのではないか。アルコール依存症とか麻薬依存症と同様に、「コミュニケーション依存症」というものが増えてくるのである(最近では、セックス依存症というのも出てきた。タイガー・ウッズの一件でこの依存症を始めて知った)。

1時間程度ネットへのアクセス環境から遮断されると、その禁断症状が出てくるのである。一日インターネットから隔離されると、不安で仕方がなくなるのだ(ちなみに、僕はもう既にその域に入りつつあるかもしれない)。

一方、インターネットを介した交流が増える分だけ、当然物理的な交流が減る。さらに引きこもりが増えるのであろう。最近では、「アバター」や「サロゲート」など、自分のアバター(自分の分身となるキャラクター)やサロゲート(身代わりロボット)を自宅やカプセルから動かす映画の題材が増えている。そこへの道のりに入り始めているようだ。

今後は、「休肝日」のように、「休ネット日」というのを作ることが重要になるのであろう。静かな時間を作らないと、依存症となってしまうであろう。


仮説6:ツイッターのフォロワーは、共感、情報、知恵などの全人格的な面白み(エンターテインメント性)を求める。
結局は、フォローするかしないかは、最後は面白いか面白くないかである。何らかのメリットが無いとフォローをしない。ただし、これも実社会でも同じである。実社会で会いたい人は、新しい情報や知恵を与えてくれるのか、楽しく・気持ちよくさせてくれるのか、あるいは夢・勇気・愛情などをそそいでくれるのか、など何らかのメリットが必要である。

ツイッターでは、実社会以上に、フォローをするハードルが下がる。だが、基本的には、実社会の人間的魅力度を、サイバースペース上で反映させるものになるのではないかと思う。つまり、サイバースペースでの140字の発信の裏には、全人格的な性格が現れるのであろう。ただし、フォローの数と質とは比例しない。つまり、必ずしも数がパワーになるとは、限らないのである。それよりも、誰がフォローをしているのかが重要である。また、短期的にフォロワーが爆発的に伸びたからといって、長期的にも人気があるとは、限らない。NHK大河ドラマを実況中継しているような発言は短期的には面白いかもしれないが、長期的には飽きられるであろう。


仮説7:最終的には、ツイッターも駆逐される。
結局、パソコン通信からブログ、SNS、ツイッターと進化(退化)したように次の波が来るであろう。ツイッターも、そのうち、次の波が来たら、飽きられてしまうであろう。僕も、SNSをやっていたが、やはり飽きてしまった。その飽きるプロセスを経て、進化(退化)をしていくのであろう。ま、基本的には、諸行無常なのである。

ということで、あまり片意地はらずに、気楽につぶやいていくとするか。(^^)

2010年2月13日
山小屋にて執筆
堀義人Twitter@YoshitoHori


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  • 堀さんと堀江さんの「ツイッター7つの仮説」に思う from ロジックとパッションの狭間から。。。

    先日アップされていたグロービスの堀さんのブログ「ツイッター7つの仮説(2/15)」は面白く拝読しました。そして、数日後に堀江さんがそれにコメント(2/17)されていたのも、大変興味深く、それぞれの見方の違いは面白かったです。ということで、それに便乗して私もコメン.......……続きを読む

    受信 : 2010年2月18日 (木) 12時37分

コメント(11)

  • 堀さん

    最近ずいぶんとTwitterをやられているようですね(笑)

    仮説1ですが、おっしゃる通り
    間違いなく”平均”の議論の質は下がるのだと思います。
    そこに対する解決策としての、
    レコメンデーションやらフィルタリングの方法が模索されているのだと思います。

    今まではテクノロジーで、レコメンやらフィルタリングをしようとしてきて
    失敗に終わったのに対して、ソーシャルグラフ(交友関係)を使って
    純度の高い、価値の高い情報を抽出しようというのが
    ”ソーシャル”のトレンドだと思っています。

    Twitterのフォローする人やFacebookでのFriendをうまく選ぶと、
    実はそれなりに質の高い知に近い情報が入ってきます。
     #まだフォローした人やFriendになった人の中を
     #更にフィルタリングする機能はこなれてませんが。。。
     #今後改善されるのではと思っています。

    私もTwitterそのものの寿命は短いかと思っていますが、
    価値の高い情報のレコメン/フィルタリングに対して
    単純なテクノロジーだけでなく、
    社会関係など半分リアルを使った解決策をITがEnableするという
    大きな流れは継続するのかなと思っています。

    ちょうどPCに向かっていた時に、
    思考を刺激されるコメントを頂きましたので。

    投稿者:

  • 堀さん

    私もほんの最近Twitterを始めた、ど初心者(笑)なのですが、短期間にポイントをさっと纏められる速さに驚きました。

    おっしゃっている7つのポイントはどれも納得なのですが、いくつか感想をアップさせていただきます。

    #ハッシュタグやフィルタリング、フォロワーの選び方で、情報の質が結構高まることは実感しています。特に、Twitterのクライアント・ソフトがそのような付加機能を上手く実現しているものがあり、これらを使うと自分の欲しいコミュニテイを作りやすい感じがしました。多分、クライアント・ソフトの開発競争が加速し、Twitterはプラット・ホームとしての機能提供を充実させるのでしょうね。

    メッセージが短いと言うことは、俳句や和歌のように独特の文化を創る可能性もあると思います。確かに、全人格的な側面が良く現れるし、コピーライターのような訓練にもなるかもしれません。独特の枕詞も共有されるかもしれません。

    私も現在のところTwitterの未来に関しては良くわかりません。ただ、このような仕組みを次から次に出してくる米国のITの強さに驚かされます。技術と言う意味ではなく、情報の海の中で新しい文化や慣習のトレンドを作り出そうとする意気込みと、壮大な実験に大きなお金を出してくれるVCのいる所です。

    我々日本は、和歌、俳句を生み出して起きながら、情報の圧縮やコンテキストの共有に、新しい方法論を生み出すような努力に目を向けていないような気もします。

    投稿者: 西 洋一

  • 御意見に大賛成ですね。なんでこの短い呟きが、はやるのかよくわからないですね。
    Blog である程度の所見がある方がいいのでは、現代は短い呟きあるいは嘆きがいい
    のですかね。これは携帯電話のなせる悪効果か。
    親指だけのCommunication は弊害になるのでは、かって日本の携帯電話利用は
    Globalization で日本が負けるのではないかとの懸念を表明したことがあったが。
    読売の記者が3面に小さく取り上げたことがありましたが。

    投稿者: 平強

  • 堀さんへ

    ダボスのレポートから、お子さん達の受験に関連した教育論、はたまたインドレポートに次ぐ、ツイッター論まで、配信ありがとうございます。

    ダボスのレポート大変興味深く、また堀さんご自身のお考えに付いても興味深く読ませて頂き、それらの幾つかは、職場のお仲間におすそ分けをして何らかの刺激をうけてもらったと思っています。

    仕事や、プライベートな様々なお時間の中で、ブログだjけでもこれだけの発信をされるのはなかなか大変だろうと感じますし、それらのもたらす価値についても、ある種の期待を持ったうえでの執筆と理解していますが、それにしても、多岐に渡る発信だjけでも大変なことと感謝しています。

    私のような、狭い個人の生活や仕事の中からみましても、毎日読んでいるブログや稀にはこのようにコメントしたり、プライベートなメイルやら、携帯を通じて来るあれこれだけでも、ほんとに一日があっという間に終わってしまい、読みたい書籍も、いつも山積で未消化のものが後を絶ちません。

    私は、SNSもやったこともなく、ツイッターは興味があっても、手が廻りません。新聞も、二紙くらいは読みたいですし、文芸春秋も読みたいですし、堀さんへのお礼のメイルもやっと打っています。

    というわけでツイッターに対する理解も、おかげで深まりました。新しい有益なメディアにはやはり無関心ではいられませんが、量と質を、どこまで消化し享受できるかを考えますと、私はまだツイッターを横から眺めることすら及ばず、評価も出来ませんが、堀さんの、以下のお考えにアグリーするのが精一杯です。

    『あまり片意地はらずに、気楽につぶやいていくとするか。』

    投稿者: No.6 卒業生

  • はじめまして。

    私は近頃、Twitterが汚水管のように思えてなりません。
    うっかり札束が流れていることもあれば、カワイいコのマシュマロのようなウンコが流れていることもあるが、ただの汚水管。
    (汚い表現を使っておりますが、お食事中でしたら申し訳ありません。)

    踊るアホウに見るアホウがいるだけである。

    上手に踊れる人は踊ればいい。
    それだけのことのような気がします。

    興味深いエントリだったのでコメントさせていただきました。

    投稿者: うらら

  • twitter論、拝読しました。

    きっかけは、堀江貴文さんのtwitterです(笑
    http://ameblo.jp/takapon-jp/
    堀さんのblog内容について書かれていました。

    どれが正解、というのはないと思いますが、Blogも、SNSも、twitterもすべてコミュニケーション“ツール”なので、それぞれの生き方やITツールへの触れ方(触れている/知っている/触れていない)によって、全く意見なり、行動が変わりますね。

    コミュニケーションジャンキーというの、あると思います。

    以前、テレビ番組のいちシーンで、目の前に相手がいるのに、ひたすらiPhoneを通じてつぶやきあっているのを見たときに、「コミュニケーションを通じて、コミュニケーションをしている」のではないかと思いました。

    「いま、(わたしは)コミュニケーションしているんだぁ〜!」的な感覚。

    飢えていますねー。

    twitterアカウント:@medialliance

    投稿者: クリシン卒業生

  • 堀義人様

    Twitterに対する仮説に共感することが多かったです。
    特に、仮説1の議論の質がさがる
    同様に、仮説3:知のインプットの時間が減るので、人々は扇動されやすくなる
    仮説5:コミュニケーション依存症(ジャンキー)が増え、物理的交流の機会が減る

    これらは社会システム破局への警鐘ではないでしょうか?
    とても大切なメッセージを体系化していただきありがとうございます。
    わたしはアナログに回帰すべきもの(知的処理)と
    ITで処理する(ルーチン:ノンコア業務)に分ける時期にきていると感じています。

    ますます「考える力」が失われるような気がしています。
    Twitterをやってみましたが、言葉を凝縮する推敲のノウハウがなければ
    戯言になり、さらに読解力が落ちる危惧をもってしまいます。

    投稿者: 山下政嗣

  • なかなか面白く拝読しました。
    そして、堀江さんがコメントしたのも、なかなか対比してみると興味深かったです。
    これを機に、私も自分なりに考えてみることにしました。
    「堀さんと堀江さんのツイッター7つの仮説に思う」
     http://kayumi.jp/archives/1029279.html

    (^^)(^^)(^^)

    Kay

    投稿者: 家弓正彦

  • コミュニケーションのひとつとしては有益じゃないでしょうか?
    自分が憧れの人と直接、話せる。
    すばらしいですよね。
    ただ、単なるファンクラブになってはもったいないです。
    可能性はこれからですよね。
    「日本をよくしたい!変えたい!」という堀さんが
    同志を集める手段としてはいいかもしれないですね。

    投稿者: 佐藤昌弘

  • 特に、
    ・仮説3:知のインプットの時間が減るので、人々は扇動されやすくなる。
    ・仮説5:コミュニケーション依存症(ジャンキー)が増え、物理的交流の機会が減る。
    の2つに共感しました。

    ツイッターによって気楽かつ手軽にインプットあるいはコミュニケーションできるため、意識的に読書の時間や人と会う時間をつくる必要があるなと感じています。

    強みを活かして弱みは他で補うことが大切だと再認識しました。

    投稿者: 雅斗

  • 簡単なコメントでいいでしょうか。
    率直に言って
    ツイッターでなければ出来ないことがよく分からない。
    やったことのない人間が言うのもなんですが。
    メディアがツイッターが流行だと取り上げそれだけで終わり、ユーザーがただ取り残されたりする…それもありかもしれないとオイラは思っている。
    不謹慎かなあ。

    投稿者: ほめぞう

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