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2010年3月 3日 (水)

経済・経営 日本のリーダーよ、変化に適応する気概を持て!

米国のゲーム会社エレクトロニクス・アーツ社(以下、EA社)は、昨年11月にソーシャル・ゲームの英プレイフィッシュ社を約300億円の資金を投入して買収。これには驚かないが、それと同時並行的に1500人リストラしていた事実を知って愕然とした。大幅な解雇を断行しながらも、新しい企業の買収を行っているのである。一部の日本企業も同様の方針らしいが、そこまで徹底してできるのだろうか。

安定成長が期待できた時代は、雇用の安定を守るのは美徳であった。だが、今のように急激に変化している時代に適応するには、過去のやり方を否定せざるを得なくなる。まさに一年前にやっていたことすら否定する必要があるのだ。ゲーム業界は、特に変化が激しい。今のゲームの主戦場は、PCや携帯の上に乗っかる原則無料のソーシャル・ゲームになりつつある。昔のプレイステーションやWii向けのゲーム・ソフト市場は、急速に縮んでいる。どう対応すべきであろうか。

EA社は、停滞する事業分野を切り捨てて、成長する分野に資源をシフトすることとしたのである。そのために、企業の中で余剰となった人員を解雇し、一方では、社内のみで変化に適応できない部分については、外部の違う能力をM&Aによって内部化したのだ。つまり、古いものから脱皮するとともに、新たな能力を買収によって獲得したのである。スリム化と攻めの経営の双方を同時に回したのだ。物凄い変化が起こっている時代では「変化への適応力」と「スピード」が、生き残りの鍵となる。進化論を引用するまでもなく、EA社の事例はそれを物語っている。

ところが、日本では、解雇をしながら巨額の買収をしかけることは許されない。なぜならば解雇には、相応の理由が必要だからだ。「企業が変化に適応し、世界での競争を勝ち抜くため」というだけの事由では基本的に解雇はできないであろう(本来は一番重要な事由であるかもしれないのだが)。さらに困ったことに、派遣も原則禁止となる。雇用の柔軟性がさらに減り、採用した社員を原則一生抱え続ける必要が生まれる。そうなると、日本企業から柔軟性、適応力が奪われることになる。

ある海外の人が言っていたが、「日本企業は、重い足かせをつけて走っているようなものだ」、と。社会保障費用も高く、高い税金が課される。雇用の柔軟性が減り、コンプライアンスへの要請が他国よりも高い。さらには、政府が「反企業的」である。これだけの足かせをつけながら、日本企業は、この大競争時代を勝ち抜いていけるのであろうか。

そうは言っても、先の「日本企業よ、『ものづくり神話』を捨てて『経営力』を高めよ」で論じてきたように、どのような経営環境であろうが、不断の経営努力はしなければならない。さもないと、日本企業は、日本航空のように、会社更生法が適用されて初めて、改革の緒に就くことにもなりかねない。そうなると、株主は多大な損失を負い、銀行や取引先は大幅な債権カットを強いられ、ブランド価値は下落し、結局多くの社員は雇用を失う。「会社更生プロセスを経た会社が、トップ企業に舞い戻った事例は少ない」、という研究結果を米国で見かけたことがある。一度失ったモーメンタムを取り戻すことは、至難の業なのだ。

となると、今の激動の時代には、次に述べるような二者択一をせねばならなくなる。日本国民は、果たしてどちらを選ぶのであろうか。

(1)雇用は確保したまま、抜本的な改革を行わずに、緩やかに衰退していく日本企業(それでもゆくゆくは、結果的に雇用は失われるのだ)。
(2)あるいは、雇用を聖域にせずに不断の経営努力を行い、世界で勝てる日本企業

「二者択一は極端だ。雇用を確保したまま、強い日本企業が生まれる」、という理想主義の人もいるであろう。現実は、厳しくその理想主義を否定する。この10年間で日本企業は、相対的な地位を失っている。フィナンシャル・タイムズの調査では、世界トップ100に入っている日本企業は、わずか4、5社しかないのだ。以前は、常に30社近くがランクインしていたのだが、今や一桁の前半である。「バンクーバー五輪のメダルの数が少ない」と嘆くむきもあるが、経済の最前線で日本は負け始めているのだ。

恐らく国民としては、(2)雇用を聖域にせずに不断の経営努力を行い、世界で勝てる日本企業の実現を望むのが普通であろう。だが、今の日本企業は、「派遣切り」と批判されたことによって、正規雇用にまで手を付けられないのが、実情であろう。失業率が下がったからと一喜一憂できない。抜本的な日本企業の強みが戻らない限りは、(1)の長期的衰退のシナリオから抜けられないからだ。

断っておくが、米国企業の様に、社員を道具として使え、とは言っていない。日本企業の良さである、「コミュニティ型の経営」を持続しながらも、雇用を聖域とせずに必要なスリム化を行い、強い企業を実現して欲しいと言っているのだ。

雇用を守っても企業が衰退しては意味が無い。世界で勝たなければ、永続的に成長し続けない。世界で勝てないとジリ貧になっていくのが、目に見えているのだ。世界は、EA社のように、ダイナミックに、スピーディに変化に適応している。その姿を見て、米国の企業は「羨ましい」と言っても始まらない。強い危機感を持って、日本の与えられた枠組みの中で、できる限りのことをしなければならないのだ。

その闘う気概が無い経営トップは、その職を去るべきであろう。「自分が職にある数年間は安泰だ」なんて思っている、事なかれ主義的経営者は、百害あっても一利無しである。若くてやる気のあるリーダーにその職を譲るべきであろう。これは、政治家もしかりである。この変化の時代には、新しい発想が望まれる。創意工夫をしながら、果敢に攻め続けようと思っている気概がある人々に、企業そして日本の舵取りを委ねたい。日本のリーダーよ、変化に適応する気概を持て!


2010年3月3日
堀義人Twitter@YoshitoHori

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コメント(11)

  • 多少リスクのあることとは存じますが、こうして真正面から提言をなさる姿にとても感激しており、毎回楽しく拝読しています。

    今回の件で2点ご質問です。

    堀さんは解雇規制を緩める際にどんなことが条件になってくるとお感じですか?

    よくいわれる話ですが、例えばスウェーデンなど北欧諸国はアメリカよりも解雇規制がゆるく、次々に首にしていますが、一方でセーフティーネットを手厚く張って、失職中の生活、および新しい職に就くための再就職支援が日本よりはるかに充実していると聞きます。

    一方アメリカではあくまでレイオフによって企業が活力を取り戻せば、自然と労働需要が高まるというポジションをとり、セーフティーネットは必ずしも必要ないというポジションをとっているように見えます。

    堀さんのお考えはどちらに近いですか?

    2点目は、新卒一括採用と終身雇用に象徴される日本的経営の特質が失われても、それでも残る日本的経営の本質、もしくは特異性、優位性はどこにあるんでしょうか。

    コラムの中でご意見をお書き下されば幸いです。

    かしこ

    投稿者: まぐまぐ

  • Ex EAです。この話たしかにこういう切り取り方をすると美談なのですが...

    ここ、3年以上前からこういうリストラをずっとやってます。リストラのためにエライヒトが来日し「辣腕」をふるってゆきました。士気は下がり、社内の雰囲気はかなり荒れました。Change Managementの常道として「リストラするときめたらばっさり切る」というのがあります。そのときの問題点はだらだらと続けたことだと思います。結局、一時は60ドルくらいあった株価がリーマンショックの影響もあり、現在17ドル弱で回復しないままです。

    さて、ここまでは元関係者の「恨み節」と考えていただいてかまいません。しかし先週のNewsWeekのJeffery Pfefferの「Layoff the layoff」という記事も併せてご紹介いただきたいと思います。Layoffは株価を上げないし、生産性も下がるというような内容です。結局株主に貢献しないのです。

    過去のしがらみを捨てて、生産性の悪いBUを切るというのには同意できます。力のない経営者も退場するべきでしょう。特に外資の社員は切られることを織り込んでちょっと高めの給料を貰って働くことがあるので、まあこういうことも「あり」なのかもしれません。しかし、安易なLayoffはステークスホルダーを幸せにしないのだと思います。これは感情論ではなくFactベースのお話です。

    投稿者: hidezumi

  • 日本企業、という定義がなくなっていくと思います。グローバルな視点で、日本市場も北米市場も、インドも中国も俯瞰できる経営者を抱く企業だけが生き残るのではないでしょうか。少なくとも、本社を日本に置き続ける意義を真剣に考えることのない企業は、今後10年で消えていくと思います。会社がなくなれば、結果的に解雇ということにもなります。

    投稿者: dunkel0227

  • いつも拝読しています。
    本文読ませて頂いて、まさに同感の思いでした。
    私の場合には、特に大手広告代理店というまさに古い
    業界にいたため、世界の流れどころか、世の中のビジネスの流れの中で、変わるに変われない現状を見てきました。
    将来への危うさを薄々思いつつも、気持ちの良いぬるま
    湯から抜け出せないという雰囲気です。
    起業した後、私と同じように起業をした人たちが多く
    いました。残念ながら、その中には業界としての能力は
    ありながらビジネスを作る能力が不足していたため、
    失敗した人間もいます。私が見る限り、大手広告代理店
    にいる人より能力のある人間が戻る場所がなくなって
    苦しんでいる様子も見ています。
    堀さんには、欧米のように、年齢よりも能力を重視して
    雇用していこうとする空気、社外の能力を積極的に採用
    し、活用しようとする空気を作って欲しいと思っています。

    投稿者: yassylucky

  • いつもTwitterやHPを楽しく読ませて頂いています。
    堀さんのコメントは深く考えさせられることが多いです。

    既にアメリカ在住12年ですので、アメリカに住む視点でコメントをさせていただきたいと思います。

    確かにアメリカの会社は簡単に解雇をすることができます。人々は慣れていますし、特にBIG3の崩壊以降解雇に対して「お前もか」とあまりにも日常になりつつあります。解雇をすることで会社の経済的負担も減りますし身軽にもなるでしょう。

    しかしアメリカ人とて人間で、「そうか、では次」とは簡単にいかないです。身軽に進んだ会社は次に進んでも自尊心を失い苦しむ人々は残ります。その時に国としてアメリカは前進しているのでしょうか。今オバマ政権の足をひっぱり何をしても「気に食わない」と連呼している方たちを見るにつけ、やはり人の負の思いの代償は軽くないと思います。

    アメリカがビジネスの世界で必ずしもすべて成功しているとは思えません。そしてやはり日本の強さは丁寧なモノづくりにこそあり、それを決して失わないでほしいと思うのは私だけではないはずです。

    昨年日本に帰り実家でスキーをした時、スキー場の食堂のおばさん達が2時間近く「どう作業の同線を改良したらもっと流れがよくなるか」と延々話し合っていました。こんな国民すべてがQCの国は日本しかないと思います。

    アジアならではの「和」を基盤としてアメリカ式でもない
    スピードはあるが「和」あるという経営ができるのではないかと期待しています。

    投稿者: SatoSarah

  • おっしゃることはもっともだと思います。ただ、一番の問題は解雇した後にじゃあ社会としてどうするのかということだと思います。現在、他の企業はどんなに能力があってもある年齢層以上は採用しません。そうすると自分でビジネスをするしかなくなる。ただ、いきなり始めても何の知識もスキルもなく、大半は破たんする。そうすると個人保証で全財産を失う。家族も友人知人も失う。なので会社にしがみつすくかすべがない、というところが今までの国民のコンセンサスではないでしょうか?

    釈迦に説法とは思いますが、起業をして失敗してもそれは成功のためのステップなのだととらえられるアメリカとの一番の違いはそこにあるのではないでしょうか?失敗してもチャレンジャーとして一定の評価を受け、財産も最低限守られるのであればもっとみんな起業するでしょう。そういうこともひっくるめてMBAでもとっていないと分からないシステムになっていることが問題だと思います。

    私も現状を憂うのは時間の無駄なので、自分が行動することで微力でも社会を変える側になりたいと思っています。4月期はインターナショナルで4科目とりました。よろしくお願い致します。

    投稿者: Atarashii_koto

  • 日本の雇用について考えます

    世界には、たった3人しかいなかったとします。
    1人は農家で畑を耕し、2人はその道具を作っていました。
    3人は、互いに食料と道具を交換しながら生きています。
    ところがある年不作になり、道具屋は、道具を作る必要がなってしまいました。
    道具屋は、1人が20歳で、もう1人は60歳でした。
    さて、どちらが道具屋を辞めるべきなのでしょうか?
    そんな事を考えていました。

    経営が悪くなったら、経営者は勇気をもってレイオフを行うのも良いと思いますが、
    そもそも、もっと若手の育成に力を入れなければいけないと考えます。
    会社に元気が無いときは分かりますが、余裕があるときも
    中途採用や非正社員に頼りすぎなのではないでしょうか?
    そんなに、いつも不確実性が怖いのでしょうか?
    会社に余裕があるときは、それこそ勇気をもって新卒採用と正社員の雇用を
    行うべきだと考えます。

    また、翻って、残った中高年層は、
    若手が巣立っていくように、人を育てていかなければいけないと思います。
    若手から「この会社では自分が成長できない、もっとチャレンジしたい」と言わせる位で
    なければいけないのではないか?と思うのです。
    そして、残った中高年層は、背水の陣の思いで、改革を行わなければいけません。
    「若手よ、お前は巣立つときだ!後は俺がなんとかする!」という気持ちがあるのでしょうか?
    「我々の会社は、グローバルじゃない!」といいながら、自分は英語から避けていませんでしょうか?
    「我々の会社は、自己成長が足りない!」といいながら、歳を理由に勉強を避けていませんでしょうか?
    残った中高年層は、今まで目を背けてきた、あらやる事にチャレンジしなくてはなりません。
    巣立った若手から、「やっぱり自分の上司は凄かった!自分もああなりたい!」
    と思うようになったら、どんどん日本にエネルギーが満ちてくるではありませんか

    とはいえ、雇用の問題は非常に複雑で、課題は沢山あります。
    その問題や課題で、誰もが悩み、苦しい思いをしています。
    しかし、時にはシンプルに考えることも大切です。
    あと少しで、日本全体がエネルギーに満ち、創造と変革が、どんどん起きると良いですね!

    投稿者: Mr.K

  • 堀さん、問題提起、有難うございます。

    直裁に申しますと、

    基本は(2)であるべきです。雇用の保障は目的ではなく、成長の結果達せられるべき目標のひとつ。

    雇用が保障されるという「安心」を、「革新」か少なくとも「前進」につなげることができるなら、経営者・労働者はそういう選択をし、不断の努力をすればいい。「安心」が「慢心」にしかつながらないのならば、雇用の保障は維持できないという現実を理解すべし。

    というのが私の意見です。

    残念ながら、パイの生産と分配に既得権を持つ人が、生産拡大より配分の既得権を保護する努力を傾注し、成長の機会を奪っていると思います。

    ひとりひとりの挑戦や、創意工夫を応援し、その上で、家族・地域社会・政府が、困難な状況に陥った人達を救っていける社会を作っていきたい。

    投稿者: tomoyahonda

  • まさに、今のJALが良い典型例だと思います。
    更生法適用して税金ですくわれていて、未だに8つの労働組合は存在している。。。アメリカだったら、労働組合をつぶすために、まず、倒産させる。
    また、オペレーション・エキスペンスのなかの割合で人件費を削減させる。ヤンキースの人件費バジェットの目標数値により、松井選手も大幅な年棒削減を通知されたと聞く。企業は人というが、経理者にとってリソースの一部であることも事実。

    日本の景気が戻らない要因は、給料だと思う。ここ10年以上、給料が低迷している。これでは、マクロ経済の視点から見ても、どうやって、経済サイクルを良くできるのか?給料を上げるためには、給料が上がる仕組みではなく、給料が上がる価値を創出する作業ができる土壌作りが必要ではないかと強く思う。

    アメリカに住んでいるが、3年起業家やって、1年何もしない人などたくさんいる。良い悪いではなく、新しい価値を創出する人材が日本よりたくさんいる。

    投稿者: Simon

  • フェアで対話的であればどのような方策を採っても、うまくいくと感じています。

    私が一番危惧しているのは、努力した若者がアンフェアなルールの元で脱落していくこと。これが、日本本来の強さを失わせていると思います。

    また、心技体を追求する人がドンドン足元を救われる社会になっている。「心」=「信」が社会全体から喪失し、技体だけ。正に擬態。子供から大人まで、日本人同士で不信の連鎖が渦巻いてる中で、新しい形での自立的な教育、信頼関係を構築していく必要があると日々感じています。

    http://d.hatena.ne.jp/a-sun/20100308

    投稿者: しゅん

  • 私は、ビジネスにはまったく縁遠いですが、 Electronic Arts (EA). の名前が出ていたので、、、、。もう、20年以上まえにAmigaというゲームマシンがありました、でもとても多機能で、ビデオコントロールでこの機械に勝るものは無かったと思います。ビデオ機材はアナログ時代とんでもない金額でしたが、この機械周辺は最低価格で一応、放送レベルのものを作ることが出来ました。とくに、アメリカのケーブルTV関係は多用していたと思います。ビデオ・トースターだったかな?ま、さておき、
    そんなAmiga PC(あ、ウゴウゴルーガはこの機械で作られてましたし、たしかジェラシックパークなどもこの機械をものすごい数、使っていたとか、、噂、、)そう、3Dに優れていたのです。。。で、3Dになるまえの2次元半みたいな世界のとき、http://en.wikipedia.org/wiki/Deluxe_Paint Deluxe Paintというソフトがあったのです。これが、超代表的なamiga softだと私は思っていますが、、じつは、これだけ自由度の高いソフトは、今もきっと無いと思えます。高精度、多機能だけども、そう、プロ仕様になったけども、遊べないわけです。たとえば、http://www.bottlepets.jp/?p=4340 に「アンディ・ウォーホルがAmigaでデボラ・ハリーをペイント」となっていてこのような情報がネット上にあるのに今、驚いたくらいですが、(このときのソフトは違ってますが!)

    、、それだけ、文化とか芸術とかコンピュータ機械とかソフトウェアプログラマーがリンクしてるわけです。で、そのなかの2次元半の勇がEAだったと思うのです。これは、「ものづくり」そのものです。そこには「良いものを作る」という思想が徹底して、基盤として、存在していることが読み取れるように思うのです。ここがM*とかA*pとか市場を戦場とした人たちとちがうところで、きっと短所でもあったのだと思いますが、、、。まちがいなく、ほんまもんです。そして、EA社もAmigaをとりまく、利権問題等が混沌としてきたので、そのときから学んだ3Dへの移行の時期を泳ぎきり、成功したのだと思います。なによりも、ソフトを使っていて、凄かったのは「あ、こうできないかな」と思うことが、すべて用意されているのです。発想の豊かさと自由度、あんな昔に3D CADにまけない空間座標とペインソフトとしてのおもしろさ、しかも、ビデオからデジタイズ、もう発想はすべて一応とはいえ、原型があったのです。まずは、その凄さが日本では、ごく一部にしか伝わっていなかったのです。また、投資する人間もいなかったでしょう。で、いまのアバター、なわけです。

    、、ちょっと、話がずれましたが、基礎的な研究とその継続は日本のゲームソフトの会社とは桁が違うと思うのです。基礎から作っているわけですから。

    1500人がどういう1500人で、どんな対処をされたのかがまったくわからないですが、技術者であればつぎつぎに集い、組織し、会社を興していくのではないでしょうか。。

    投稿者: Yukizi_

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