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2010年6月 7日 (月)

政治・社会 国際社会と日本社会の価値観の違い~その1)東アジア経済サミットでの問題発言に思う

雨のホーチミン。バイクがうごめき、クラクションが鳴り響く。バイクをよく見ると、男女のカップルが多い。後の女性の乗り方で二人の親密度がわかる。

ダボス会議を運営する世界経済フォーラム(WEF)が主催する「東アジア経済サミット」が開幕した。ホテル・ウーマンの水色のアオザイが、映える中、ホテルにチェックインし、会場に向かう。親しい友人と握手をして再会を喜び、日本から来た仲間とも会釈をする。会場は、ホテルのワンフロアで、比較的小ぢんまりとしている。その会議で、大きな問題発言が飛び出した。

「アジアの若者」のセッションでの、人材派遣会社のアデコ社のアジア太平洋地域のCEOのマーク・デュレイ氏による発言だ。彼は、次の通り述べたのだ。「日本の大学で教えており、そのクラスの半分が日本人の学生だ。日本の若者は、価値観を持たない(No Values)」、と。そして、「もう少し詳しく説明しよう」と前置きして、次の通り続けた。

「日本の若者は、ルイ・ヴィトンのバッグと携帯電話さえ持っていれば、それでいいのだ。クラスでも全く授業を聞かないし、携帯電話で遊び、友達と会話して、話を聞いていない」、と。

僕は、唖然とし、モデレーターも、「強い発言ですね・・」と論評しないで、次に話が移った。アデコの日本在のアジア太平洋地域のCEOが東アジア経済サミットの場で発言する内容だろうか。しかも前後の脈絡が全く無い中での発言だった。

僕は、憤慨したので、パネルが終わった後、前に出向きデュレイ氏に質問した。「どこの大学ですか?」と聞いたら、「大分にある立命館である」と答えが返ってきた。公の会議の場で出た発言であり、オフレコではないのだ。立命館関係者には、是非釈明を求めたいし、立命館の学生からは、コメントが欲しいと思っている。

その場にいたオイシックスの高島社長も、憤慨していた。「今回の若者プログラムには日本人が一番多く参加していたのに。アデコ社とはもう取引をしない」と言っていた。

この会議は、主催国のベトナム以外には、ラオス、カンボジア、そしてミャンマーの首相が参加する会議である。当初は、日本から枝野さんが出席する予定だったが、新内閣発足にともない欠席することになった。急遽タイ国首相も参加する重要な会議である。その場で出たのが、上記の問題発言である。

ここで、僕の見解を書きたいと思う。正直言って、僕の大学時代は、サボってばかりの学生だった。つまり、デュレイ氏の言う、全く勉強しない学生の一人だった。今の日本の学生は、以前に比べると就職が厳しくなったからもっと勉強していると聞いていた。だが、もしかしたら昔と似たりよったりなのかもしれない。だが、だからと言って、「日本人の若者には価値観が無い」と言うのは、極論であり、且つ一般化し過ぎだと思う。

「価値観が無い(No Values)」と言うのは、「人間でない」と同義だと僕は捉えている。価値観を持たない人間など、僕にとっては考えにくいし、もっとも侮辱的な発言だと思う。「ヴィトンのバッグと携帯を渡せば満足する」という発言を見過ごすわけにはいかない。日本人として、断固として抗議し、問題発言には責任を持ってもらうべきと考えている。

僕がなぜ、ここまで強くツイッターで発言し、ブログを執筆しようと思ったのか。それは、この問題発言の裏側に、日本人が克服すべき課題があると思っているからだ。日本の環境では、批判・非難されても、「大人の対応」をするように促され、聞き流すことが多いし、それが良しとされてきた。だが、国際社会で、聞き流すと、「反論できない弱虫」と捉えられる事が多いように、経験的に思っている。

マーク・デュレイ氏の略歴を見ると、日本が長い。なのに、あの大舞台であの発言だ。恐らく(これは僕の推測だが)、彼は日本の友人に対して、あれと同等の発言をしてきたのだと思う。だが、みな反論をしないで、聞き流してきたので、彼がそれを正しい意見と勘違いして、言い続けてきた結果、あの大舞台での発言に繋がったのではないだろうか。誰かが、反論をしていれば、その前に止まった発言だと思う。

僕もよく日本在の外国人と会食をすることがある。その度ごとに、討論になってしまう。彼らは一様に、なぜ僕が反論するのかが不思議そうな表情を浮かべるのである。僕は、そのたびごとに、「今まで反論されて来なかったんだろうな」と内心思っているのだ。

誰かが強く反論しないと、その意見は正しいと思われてしまうのが、国際社会だ。甞められても、批判されても、黙り続けていると、さらにエスカレートしてくる。だからこそ、問題発言に関しては、ピシャリと「間違っている」と叫び、その発言の責任を問わなければならないのだ。でないと、同じ発言が続き、結果として既成事実化していくのである。そして、国際世論がその方向に形成されてしまうのだ。

つまり、日本の価値観で世界と向き合ってはいけないのだ。日本(人)は、「大人」なのか、「弱虫」なのか、静か過ぎると思う。批判されたら反論する。侮辱されたら、発言の真意を問い、責任をとってもらう。この姿勢を全員が持てば、日本に対するトーンは変わり、日本への信頼は増すであろう。

僕は、次にマーク・デュレイ氏に会ったら謝罪を求めようと思う。もしも対応が芳しくないならば、またツイッターやブログの場で、僕が思ったことを皆さんに共有したいと思う。僕は、決して、デュレイ氏が嫌いでも何でも無い。アデコ社にも何の恨みも無い。ただ単に、自分が正しいと思う言動をしたいだけなのである。

2010年6月7日
ホーチミンのホテルにて
堀義人


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コメント(42)

  •  こないだのルーピー発言でも思ったんですけど、「中国には強く出られないし、日本に八つ当たりしとくか。彼奴らどうせ何も言って来ないし」と思ってるアメリカ人が少なからずいるようですね。残念な事です。

     講義を聴く態度が悪いのなら、当人らに説教すれば良いだけの話。というか、ご本人の教え方に問題は無いのかな? 突っ込みどころ満載ですね。

     

    投稿者: 明石蛸三郎

  • 残念ですが、反論しても無駄ですよ。個人的な経験上でも歴史上でも無駄だと断言します。個人の意見はさておき、日中戦争の最中に日本は国際社会にたいして反論を繰り返しましたが、結果は西洋列強のオリエンタリズムによって、ステレオタイプされた意見がまかり通りました。どうせ無駄なのだから、反論する時間もエネルギーももったいないです。それより態度と結果で示した方がお利巧です。
    国際社会では暴力的です。つまり軍事力がないと発言するチャンスはありません。北欧でもパレスチナで発言しまくっていますが、実行力はありません。欧州という公開カルテル組織を使って何とか国際社会で発言できる程度です。あとは命がけ(戦争か残念ですがテロ)でやるしか・・・。今の国際社会は出来レースです。ビジネスも同じ。
    日本は少し前まで結果が伴っていたから多少のプレゼンスがありましたが、今の経済力では駄目です。何をしっても無駄です。諦めましょう。どうしても発言力がほしいのなら軍事力を持つことです。ソ連と同じですね。相手の言うことに聞く耳をももつのは、相手が畏敬の念をもつときです。これが現実です。
    最後に、その現実と向き合う勇気が大事ですね。理不尽な現実の前に自分の無力さを悟る勇気です。

    投稿者: 谷井

  • 堀先生、ツイッターのIDを持っていないのでブログコメントで失礼します。

    確かに"No values"は強烈な発言でしょう。しかしこれは大きな問題を単純にまとめるレトリックではないでしょうか。

    第一、

    >正直言って、僕の大学時代は、サボってばかりの学生だった。つまり、デュレイ氏の言う、全く勉強しない学生の一人だった。

    という堀先生は現に社会的成功を修めていらっしゃるではありませんか。堀先生が反論されるなら、「日本では、外国人からは一見"No values"に見える若者の方が成功を修めている」とおっしゃるべきではないでしょうか。堀先生の学生時代の同窓が現在どうなっているか見回してみてはいかがでしょうか。先生みたいに一見遊び回った学生の方が結局は社会的成功を修めている割合が高いと思いませんか。勉強ができすぎたために大学院の博士課程を修了してそのままフリーター・ニートに陥ってしまった元同級生の姿は想像できませんか。

    そのように周りを見回して、その上で「私は大学院を経営しており、そのような日本人像を改革したい」とおっしゃるならば私も陰ながら応援したく思います(私は遊び回るべきなのか勉強すべきなのか迷ってどっちつかずになったあげく人生に失敗したものですから)。

    投稿者: 池沼・高橋和司

  • 本日 twitter で堀さんのご意見を知りました。ネイティブでないと誤解する事は多々あると思いますが、人材関連の会社の責任者であり、本当にものの考え方が間違っているのではないかと思います。多分 彼のビジネスは、人間重視でなく金儲けのみなのではないかと思います。会社がそのような会社であるだけに、多国籍企業であれば、その総責任者は、彼を教育し直すべきです。人間としての不幸です!

     その昔、学生の国際会議でも合意文章では「一言一句」こだわりの議論があったものです。特に東南アジアの人たちは真剣そのものでした。

     いまは「平和ぼけ」であることは確かですが、新聞離れ テレビ離れ の情報改革もあり、深く静かに「平和ぼけ解消」が起こるような気がします。

     このサイトにも勉強のために立ち寄りますので、よろしくお願い致します。

    投稿者: fukuchanhi

  • ビジネスの世界は日本以外はアングロサクソンなノリですよね。
    昔、シンガポール人や台湾人とビジネスの話をしていたとき、彼らは常にYesかNoかを聞きたがるのに辟易した記憶があります。
    私の英語力にも問題があって「検討します」というのをうまく言えなかったということもあるとは思いますが、たぶん「検討します」なんてビジネス上で言う人が少ないのでしょうね。

    今回のデュレイ氏の発言もそんな日本人を指して、「意思表示もできない奴らはNoValueだ」と言いたいのではないでしょうか。

    ただ暴論であることは確かなので、氏が今後も日本でビジネスをしたいのであれば公式に謝罪すべきと思います。
    また日本人もグローバリゼーションをもっと強く意識して、意思表示ときちっとしていかないと、各国に食い物にされて衰退していくと思います。

    いずれにせよ堀さんのこのような問題提起は今後も必要と思います。

    投稿者: 川勝潤治

  • 日本のことをきちんと理解せず、そういう発言を国際会議の場でしてしまうような人が日本のトップをしている、というのが何より残念ですね。

    投稿者: KM

  • はじめまして。
    堀さんの公演を聴いてから、書籍・ツイッター等で勉強させていただいてます。

    「日本の若者」とくくられることに腹が立ちました。
    しかし、こういった学生がいる事実は身を持って感じています。

    「価値観がない」と言われてしまう学生、それに対して反論できない日本人
    どちらも日本の教育、特に初期の教育が原因だと考えています。
    堀さんとは違うステージで日本に変革を与えていきます。

    これからも応援しています。

    投稿者: 多田 圭次郎

  • デュレイ氏の発言はそのような場では相応しくありませんが、多かれ少なかれ日本にいる欧米人の意見ではないのでしょうか。

    小生の意見では、欧米人の「価値」というのは外向きに発信していくものであり、非常に明確化されています。対して日本人の「価値」というのは判断するときの「気持ち」であり、明確化、および対外的に分かりやすい形で発信は困難です。

    つまり、"I value the earth so I will drive a Prius"と言いながら家で大量にエアコンをかけて、ゴミを大量に出している人はおそらく"he/she has values"となるのでしょう。対して、「僕は環境を大切にしている!」と喧伝しなくても、レストランで「もったいないから食べてしまおう」とか、ペーパータオルは無駄だから雑巾を使おう、と思ってる人は "he/she has no values"となってしまうのでは。

    欧米人(特にアメリカ人)は自分の素晴らしさを発信するのが大好きですから。ただ、いいと思うのは人と違っていても、「俺は違うと思う」と堂々と自分を信じ切ってしまえるところでしょうか。多面的にものを見えない嫌いはありますが、分かりやすいし好感が持てますよね。

    投稿者: dandylion

  • 日本は八百万(やおよろず)の神様がいるという神話があるように多様性を認める文化だと思っています。ですので、「日本人の若者には価値観が無い」のではなく、多様性を認める価値観が、個人的な主張を抑えてしまい「価値観が無い」とうつっているのではないかと思います。そういった日本の文化は個人的にはとても好きですし、世界にも誇れる考え方だと思っているのですが、国際社会では通用しないのでしょうか?ギリシャ神話も似たような特徴がありますし、日本独自ではないと思うのですが。。。

    投稿者: あゆわら

  • 失礼します
    NoValueが言いすぎなのは同感ですが
    日本の大学生が一番勉強しないのは事実で
    帰国子女は帰ってくるとみんな呆れてますよね

    発言するしないは別にして
    日本の大学生に接している人達が心の中でそう思っているというのは事実でしょう

    発言に対する怒りより
    言われた内容が少し的を得ていることに怒りをおぼえます
    もう少し真面目にやれよと…

    おそらく中国人や韓国人なら猛抗議するでしょうが
    日本人は的を得ていることには抗議しませんね
    日本の大学のシステムがホントに崩壊してなきゃいいですが
    私は謝罪させるより学生にそう思われているという事実を自覚させる方が大事かと思います

    失礼しました

    投稿者: YT

  • 若者がこれからの日本を支えて行きます。世界舞台で「日本の若者は価値観がない」と発言することは、日本に明るい将来は無いと発言しているに等しいですね。日本に対する強い攻撃と受け止めることができます。真意を問うてコメントを頂きたいですね。

    投稿者: 黒川 努

  • リーダーである人物が人を侮辱するような発言を公式の場で行ったことを、とても腹立たしく思います。ビジネス・リーダーとしての彼の発言にどれだけの価値があるのか疑問です。

    但し、一人の社会人に、このように考えさせてしまったことに、私たちに非が無かったと言えるわけではないと感じます。何故価値がないと結論付けるに至ったのか、結論に至るまでの過程でその考えに反論できる材料が彼の前に出てこなかったことが残念です。これから色々な国の人たちとの仕事を志す者として、自分の意見をよりはっきりと主張できる人間にならなければ、と感じました。

    投稿者: 中村俊行

  • いろいろ言いたいことはありますが、一つ。


    マーク・デュレイ氏がさもない授業をしてたので、
    その程度の学生しか目前にいなかったという可能性もあります。


    新卒採用をしていて、「今の若者は大したことがない」って発言を
    している採用担当に対して、「御社はその程度の学生にしか相手に
    されていないんです」という他の学生の意見と同等です。

    投稿者: Aki.

  • こんにちわ、現在私は地方国立大学に通ってるものです。
    話題の中心となっている日本人の一学生として感想を述べさせていただきます。

    確かに日本人の学生の大部分は画一的だと感じます。
    何十年後の将来に対して出来るだけリスクが低いところに就職することを最大の目的とし、学業より就職活動を優先する、学生内同士でしか会話せず、年上の人々との交流を避ける、ファッションはファストファッション或いは雑誌に出てくるコーディネイトをそのまま、挙げればきりがないですが、多くの人はこれに当てはまると思います。
    デュレイ氏の「ヴィトンと携帯」という発言は画一的ということを皮肉ったという意味では(なぜ国際的な公の場で言ったのか意味がわかりませんが)的を射てるように感じます。

    しかし私はそれを「価値観が無い」という風には捉えていません。私たち学生にも当然様々な価値観はあります。
    私たちは「価値観」がないのではなく、「想像力」が足りていないのではないのかと感じます。
    常にマジョリティであり続け、大衆に流されること。その先に何があるのかを考える力の欠如が今の日本人学生の多くに足りないことではないでしょうか。

    そのことをデュレイ氏が「価値観がない」という風に捉えらてしまったことは私は非常に残念に感じるのと同時に、デュレイ氏は日本人の学生と向き合うことを早々に諦めてしまったのだなと思わざるを得ません。
    長文、失礼いたしました。

    投稿者: dai

  • こういう学生がいてそれに憤慨している日本の教授も沢山いることも事実でよね。

    だけど「日本は独特の文化を持っている」で結論するこのコメント欄の意見は全く無意味ですね。

    私はこういう若者は日本だけでなく世界中にいると思われます。しかし、日本以外で大学教育を受けている若者は、日本の若者とは違う気がします。目的意識がしっかりしている。日本はすこし大学の枠を大きくし過ぎたのではないでしょうか?

    まあ、議論がずれましたが、結論としては私は今の日本の若者に対してはNo Valueといわれても仕方がない状況だと思います。ただ、このしかるべき立場の人間が、然るべき場所でこういう発言をしたということは抗議すべきかと思うだけです。

    投稿者: 近祐次郎

  • はじめまして。常々、ブログもツイッターも拝見しており、いつも内容に感銘を受けております。

    それだけに、大変失礼を承知で、あえてコメントさせて頂きますが、会場がどこだった、内容が公だったはともかく、一個人の一つの発言の内容に憤慨され、ツイッターで皆を扇動して(失礼)、個人に対して謝罪を求める、という行動をとられていることを残念に思います。

    まず、発言者が日本に長くいらした後、特に他のアジア地域とも比較した結果、ご発言のような考察と結論に結び付く、というのは正直あまり意外感がないことではないでしょうか。
    日本の学生が、他の諸国の学生より、ルイ・ヴィトンを多く所有していて、携帯電話で話し、講義を聞かない、というのは統計的をとってみないと分かりませんが、あながち間違っていないのではないかと推測します。

    おそらくスピーカーもその状態に困惑し、危惧し、憤慨し、その結果、やや乱暴で感情的なトーンでお話になったのでは、と推測します。

    「大学の講義をろくに聞けない=価値がない」、という帰結も確かに日本の大学で過ごし、日本の大学システムの不具合を理解して個人的に克服をした経験のある日本人には乱暴に聞こえるかもしれませんが、一般化とはしてそんなに無理があるとも思えません。ご存じのように、大学の成績が高いことが非常に重視される風土がある社会が多いと理解しており、日本の状態は非常に特殊で理解するのは難解です。

    また、想像の域を出ませんが、先方が(選択的に)ご覧になられれている若者のサンプルが、堀さんが(選択的に)お会いになる(おそらく志が高い)若者とかけ離れているおり、その結果、結論が大幅に異なることも十分に考えられます。

    もちろん、そのうえで、とられているデータが一般化に十分なものなのか、その一般化が意味のあるものなのかどうかという議論はあると思いますが、それであれば、個別の観測事象に対する説明(なぜ表層的に価値観がないように見えるデータが散見されるがそれは誤謬なのか)や反論(例えばなぜ、大分の立命館のデータで日本の若者を一般化するのは無理で、このようなところも見るべき、など)を展開され、先方に新たな知見を提供し新たな発見を促すべきであると思います。

    「個人の発言が侮辱的だったので扇動・糾弾して謝罪を求める」というご姿勢は、大変失礼ながら、前近代的な物々しさを感じる次第です。

    会場のすべての方が、個々の方のすべての発言を取捨選択せずに鵜呑みにして、そのまま日本のステレオタイプにする、というわけでもないかと思います。

    むしろ重要なことは、日本に在住し若者を多く見る立場にあり企業の要職にあられる方を持ってしても、このような帰結になることがある、という厳然たる事実のほうではないでしょうか?

    この「運動」により、ご経験による一つの考察を会議の場で述べられた方に危害が及ぶようなことが、ゆめゆめ起こらないことを祈ります。

    投稿者: warubo

  • この記事も、その外人も、非論理的でくらだらないにもほどがある。
    十分条件と必要条件がわかっていない。

    なぜ、一部の大学の若者だけみて、「日本の若者が・・」と言えるのか。
    「日本の若者の一部は、価値がない・・・」と正しく言い直したとしても、
    そんなのどの国にも勉強してない奴はいるよ。

    「最近の日本の若者は・・・」という発言は、いつまで経ってもなくならない。


    投稿者: NARUSE

  • 発するべきは「謝罪の要求」ではなく「反例の提示」だと思います。

    氏の発言は確かに極論ですし日本人にとって愉快ではありませんが、以下2点において一目置くべきと思います。
    ・日本での経験が長くこれからも日本でビジネスし教鞭をとり続ける人物が
    ・本人の経験から来る洞察を話されている

    日本に来たことも来る予定もない人物が又聞きや思い込みを話したのであれば「謝罪を要求」でよいと思いますが。

    投稿者: 藤田勇美

  • 堀さん

    堀さんのツイッターとブログを見て、正直驚きと憤りの気持ちを持ちました。

    各国の首相も登壇している、アジアのダボス会議とも言われるような場で、包括的に決めつけた抽象的でなおかつネガティブな発言。その質の低さ。それが日本の若者ひいて言えば我々に向けられているということ。

    このデュレイ氏は、何を訴えたくてこの話を、このような場でしたのか全く理解できません。
    ただ単に自分からみえている、日本の若者に対する包括的な愚痴のような意見を、アジアに向けて発信したかっただけなのか。もしそうならとても残念ですね。

    デュレイ氏の内容については、直接聞いたわけでもなく、解釈の違いなども手伝うと思うので、あくまで私の個人的に感じたこととして意見を述べさせていただきます。

    デュレイ氏のいう、
    「日本の若者は、ルイ・ヴィトンのバッグと携帯電話さえ持っていれば、それでいいのだ。」
    「だから価値観がない」
    というのは、全く理解できない。

    こういう若者でも、生活環境は、恵まれている学生でも、多かれ少なかれ悩みや不安を持ちその中で自分の考えを作っていっているはず。(私たちもそうだった)
    「思う」、「悩む」、「考える」それは立派な価値観に基づいているはず。

    そういう思いの部分を「価値観がない」と否定されることには率直に怒りを感じます。

    堀さんの文面を見て感じていることなので、何か解釈の違いがあればそれは素直に聞きたいと思います。

    投稿者: 磯貝 剛成

  • はじめまして。
    マーク氏の発言は的を得ているのでは?
    私も大学で働いていたことありまあす。
    その時、学生が薬を使用しているとか聞いたり
    ガードマンの話では、こっそり夜、閉まっている大学の体育館に
    入り込み集団でバスケやっていてそれを咎めると逆切れ
    また大学の教室だれも窓閉めて帰らずマナーが悪いとか
    とにかくマナーやモラルが低くなってきていると・・・
    私も叱り飛ばしてやったことあります
    まぁ相手は悪気はないようでしたが・・・
    だからたしかにマーク氏のようなことになっているんでしょう。
    だったらそれに対して憤慨するのではなく
    しっかりとその忠言に謙虚に耳を傾けるべきだ!
    なんでそこでマーク氏にきれるんですか!
    だいたい日本人てそういうとこありますよね。
    ひとつには戦争ドラマでも日本人のやられたことばかり
    やってますが、じゃあ日本人のしてきたことはドラマにしないでしょ?
    どうなのよ!
    日本人のやったことに対して反省もせず、
    少しなにか言われるとキレる・・・
    自分たちの姿見えてないじゃん!
    価値観が無い・・・
    私だっていろんな若者と話してきましたが
    そうですよ!
    ほとんどの若者、ほんとに無関心なんですから!
    政治とか、志とかほんとに死語になってますよ!
    ほんとにイライラするんですよ!
    マーク氏のいう価値観がないとは
    マーク氏にとって価値のない低いレベルのことに
    その大学の学生たちが価値を求めている・・・
    そういうことじゃないんですか!
    だからマーク氏にキレてる暇あるんだったら
    もっと日本の若者の事思ってやったらどないでしょうか?
    マーク氏の言っている通りでなくてしても
    近い状況にあるんだから、その若者の為に
    あなたは何をすればいいのか考えたことあるんですか?
    マーク氏に文句を言う前に自らの行いを再点検する必要があるんじゃないですか?!!!

    投稿者: 室井

  • 日本の学生の最大の特徴は「質問をしない」ことです。
    言語によるコミュニケーションは不完全なものであり、講義をしたら不明な点が出てくるのは当然で、従って講義の後に質問が多数来るのはきわめて自然なことです。

    それを踏まえて日本の学生の講義受講態度を見れば、日本人は自分の意見を持たないのだと感じられて当然でしょう。教えられたことをただ聞き流すだけならサルでも出来ますし、その意味で日本人が黄色いサルだといわれるのは実に当を得ていると思われます。

    投稿者: きむら秀一

  • おっしゃること100%同意いたします。
    私も外国にいたときも日本にいるときも外国人と話すときは日本人の考え方をしつこく説明するほうです。
    しかし日本の若者にそれを期待することはできません。なぜなら日本人同士であっても彼らは自分の意見・主張を言わないからです。日本の学生は、意見を言うことをとても格好の悪いことと考えているようなのです。意見を求められても曖昧なことを言ってニヤニヤすることを良しとしています。しかし会社に入るとその傾向は変わってきます。一流企業であればあるほど、優秀な人が多い会社であればあるほど、個人の意見が求められ、意見を言えない人は評価が下がるからです。
    私が気になっているのは政府のレベルの人たちです。外交官の方々は、しっかり日本の立場・考え方を主張しているのでしょうか。対立を恐れて意見をきちんと言っていないのではないでしょうか。捕鯨問題などに触れると、日本の考え方が主張されているかどうかがとても気になります。

    投稿者: ぜんまい侍

  • そらあ社蓄なら価値観なんて持たずに、入社してから個々の企業の価値観に
    染めた方がいいでしょ。

    投稿者: 木村

  • はじめまして、私は立命館大学(APUではなく、BKC)の学生です。
    現在、文系の大学院に在籍しており、TAとして学部の講義の手伝いをいくつかしております。

    APUに行ったことはないのでAPUの実状は存じ上げませんが、BKCも似たような状態です。
    他大学の友人の話を聞く限り、おそらく、中堅私立(MARCH,KKDR)はどこも同じような状態のようです。
    率直に申し上げて、現場は本当に悲惨です。
    注意してもやめようとしないし、この人たちは学ぶために学校に来てるんじゃないのだなと毎回思います。
    毎回毎回、TAの時間はとてもストレスが溜まります。
    なので、先生の心中察して余りあります。

    ただ、全ての学生がそのような状態にあるのではなく、真面目な学生も一定数存在します。
    比率でいうと、真面目な学生が3割くらいでしょうか。
    真面目な学生は、本当に真面目です。
    ですが、不真面目というか、何しに講義に来てるのかわからない人が多すぎます。

    私は学部時代は国公立に在籍していたのですが、比べると国公立のほうが真面目な学生が多いと思いました。
    少なくとも、私語で先生の声が聞き取れないなどという状況は、学部時代は一度も経験しませんでした。

    私立に不真面目な学生が多いのは、学校経営の弊害だと私は考えております。
    少子化のなか、規模の維持と拡大のために、質をほぼ無視してあの手この手でとにかく学生を確保しようとしています。
    学校側は、不真面目な学生はただの金蔓と割り切って放置しているようにしか思えません。
    経営上しかたがないのかもしれませんが、最高教育機関である大学がこれで良いのかと最近ずっと疑問に感じています。

    今の日本の大学は、「就職予備校」だとよく言われていますが、そう言われても私はまったく反論できません。
    現状はまさにその通りになっていると思うからです・・・。

    立命館の名前が上がっていたので、思わずコメントを残してしまいました。
    ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

    投稿者: T.K

  • Twitterで記事のことをを知り、拝見させて頂きました。
    発言が事実だとしたら、学生に相手にされなかった腹いせのような感じがします。
    脈絡がないと言うのも、そう思わせます。

    価値観のない人間ならば、なんでその方の言う通りに学生は動かなかったんでしょうね。
    その方の話が“価値が無い”と学生に判断されたのではないでしょうか。

    投稿者: 公立大学生

  • 堀先生の問題意識には共感いたします。
    共感するのですが、そのダボス会議の席上、まさにパネルに対しその場で抗議された、というのであれば筋が通る気がします。Twitterやブログも国内外の外国人が大勢フォローしているのならこの抗議も実効性がありますが、そうでなければTwitterやブログでの抗議だけじゃやはり国際社会のルール的には後だしじゃんけんっていう感じもしてしまいます。
    海外に住んでいますので、個人レベルの同様の経験はあまたありますし、おっしゃりたいことはすごくわかります。でも、その場で抗議ということをこれから目ざせとおっしゃっている以上、会議後でなく、ダボス会議で皆の前でしていただきたかった(先生のお立場なら可能だったと思うのですが)と、残念です。それこそ、ものいう日本人の代表の一人として。
    ※以上、既出の文面のみからの意見です。もし、パネルの中でも客席から同様の抗議をした、という場合はご容赦ください。

    投稿者: Ryan

  • 価値観がない、という発言は正しくないと思います。ただ、価値観や思想、アイデアを「学校」や「職場」といった社会的な場所、もしくは「家庭」などのプライベートな場所で表現する力が他国に比べると違うという意味合いであれば、理解できる部分もあります。

    私は日本の教育システムで育った在日ですが、そもそも活発な議論や意見交換の場所を小さいころから提供されていない日本人に対して、英語で北米・欧米人のように発言を求めることじたい無理があります。

    なぜ大学で学ばなければいけないのか、その意味が理解できていない人はおそらく、ヴィトンのバッグを持って、携帯でチャットでもして、意見も発言せずに大学生活を送るのでしょうが・・・。今回の発言が国際会議で行われたことには違和感を感じます。

    私自身アメリカ系ITコンサルティングの会社で7年ほど勤務していましたが、勘違い欧米人によくでくわしました。今回の発言者も、日本在住の長い勘違い系の方かもしれないですね。

    投稿者: 金由梨

  • はじめまして。ツイートを読み、一言述べさせていただきたいと思い書き込ませていただきます。

    私はデュレイ氏が言及した立命館アジア太平洋大学(以下、APU)の日本人学生です。
    様々な方々が各々の意見を述べられていますが、あくまでも今の若者像を土台に考えられているようなので、「価値観の無い」人間として述べさせていただきます。

    私はAPUの日本人学生としてデュレイ氏の発言を完全に否定することができません。

    日本人学生である私からみてもあまりにもモラルの欠けた日本人学生が多いです。そして、それは留学生と比較したときに明確にわかります。
    しかし、一方でサークル活動などでリーダーシップをとりAPUの現状に対して行動を起こしているモラルの高い学生がいるのも確かです。
    そのため、デュレイ氏の発言は一面を捉えた指摘ともいえますが、考慮にいれられていない一面もあります。

    No valueという言葉がどういう意味なのかはわかりませんが、モラルと同じ意味合いで言われたのならば、それは日本人学生にのみいえることではないと思います。

    これからは、私個人の意見です。

    そもそも、価値観が無いという批判は、デュレイ氏が考える価値観を持ち合わせないという意味で、既に一つの価値観であり、批判の体をなしていません。

    ヴィトンや携帯を渡されて満足すること、それも価値観です。その満足を得ることもできない人々もこの世界には存在するのですから。

    もし、デュレイ氏が考えている価値観が更に高次元なものだとしたら、それは価値観の多様性を否定するオリエンタリズム的な傲慢な考えであるとしかいえません。


    デュレイ氏の発言がどういう意図でなされたのかはわかりませんが、APUの現状に対して憂慮をしている一人の学生として、デュレイ氏の問題意識をAPU学生(国籍を問わない形で)といつか議論ができたらと思います。


    貴重なフィードバックをしていただき、本当にありがとうございました。

    投稿者: 藤田信人

  • > ヴィトンや携帯を渡されて満足すること、それも価値観

    せっかくの堀さんの擁護を・・・。
    国際感覚(ハッタリ)については堀さんの通りですが、
    事実に反しない限り、強い反論ができないというのも
    正常な反応ではないでしょうかね。

    投稿者: おや親

  • 今の日本人はこれくらいきつく言われた方がよい。とくに外国人から。
    日本のぬるい予定調和を壊してもらえる。
    なにくそと思える人達が1%でもいればそれでいい。

    投稿者: T.A.

  • 価値観の押し付け、典型的なレイシスト。
    APUの学生さんも派遣労働者から訴えられてる人の講義は聞きたくなかったんじゃない?
    質の悪い学生に教えるはめになったのも自身のリサーチ不足の結果であり
    学生を変えられるような講義を出来なかったのも自身の力不足。
    現在の若者はかなり合理的に物事を考える傾向が強い。
    学生に相手にされないということは学生が彼の講義に「価値」を見出せなかっただけ。
    参考書を読めばわかる内容程度なら別にリアルタイムで聞かなくてもいい、それだけのこと。

    投稿者: xiao

  • 若者にかぎらず日本人は、ルイ・ヴィトンのバッグと携帯電話さえ持っていれば、それでいいのは、一分の狂いも無くそのとおりの事実だと思う。悲しいけれど。

    ヴィトンのバッグと携帯持っている人たち何人かつかまえて、聞いてみればいい。「なんか、みんな持ってるから、いいのかなと思って」「雑誌に載っていたし」「持っていないと恥ずかしい」などと言うだろう。それでも自分にはポリシーがある、と多くの人が思っている。

    今私はファッションビジネスの勉強をしています。
    その中で、女性用下着製造販売の日本での先駆者である鴨居羊子の『私は驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』を、たまたま読んでいる最中なのですが、その中にグッとくる文章がいくつかありましたので、ご紹介してみます。

    +++++++++

     闘いの経験のない者に闘争の怒りを教えることはできなかった。

    +++++++++

     大衆運動も社会運動も、啓蒙運動ですら、大衆に彼らが痛いときには痛いと、しっかり発言し、欲しいときには欲しいと発言し得る勇気、いや自覚を教えることからはじめねばならないことをいやというほど、私は脇から見ていて思い知らされた。教育されない大衆、いや啓蒙されない大衆は、痛くともだまっており、空腹でもだまっており、怒ることも反対することも、抵抗することもしらなかった。これが大学出の男だろうか。

    +++++++++


    戦後間もない日本のことを書いているのですが、今と大差無いように思います。
    お手々つないでルンラルンラ♪、おともだちやなかまと一緒なら、それでいい文化なのです。
    今の日本の文化は、老いも若きも総じて精神的に自立をさせない「お子ちゃま文化」が支配しているような気がします。
    マーク・デュレイ氏の仰ることも、言われて当然、もっともだと、学生ではない私には感じられたのです。 

    投稿者: うらら

  • はじめまして。ツイッターでこの事を知りコメントを書かせていただきます。
    私はこの件の本当の元凶は情報不足とそれに対する見識不足と思っています。
    私は今年で44歳になる丙午ですが、私達が大学で代返をしたとか授業をサボったとかの時代とは質が違うと思います。バブル前で右肩上がりアメリカは貿易折衝で日本に圧力を加えているのはもう我々に追いつかれるからだ、という時代ではなく、正直言ってお先真っ暗、いま世を君臨している連中は駄目な大人ばかり、日本人であることに誇りを持つとしたら右翼的な思想で虚勢を吐くしかない、私はこんな時代になるとは予想だにしていませんでした。
    情報は知識であってその収集の仕方もPCで検索するだけではなく、自分の頭を使うことだというのは古今東西変わらない事と思います。そして見識を求めて教授・講師に学問の底をほんの少し垣間見せて貰い、自分の拙いながらも収集した情報や知識を教授にぶつけていく。「学・問」とはそういうものだと思います。このやり方は将来卒業後にビジネスに生かしていく大事な方法論の基礎を形作るもののはずなのです。
    これを「パソコン論文」「ケータイ論文」でうまく編集すれば通ってしまう卒論を以って味を占めれば、それこそ「ろくな大人にならない。」という気さえします。
    日本のみに経済圏を当てて人生を送るだけではもう時代が違うということが、外国人講師を迎えているだけで理解しなければならない、というくらいの認識というか野望を持つべきあると思います。
    最後に私もこのように言われている日本が本当にこの「失望の20年」状態から早く脱出すべき事、憂いています。

    投稿者: 中村

  • 堀学長、ツイッターでマーク・デュレイ氏の発言を読み、少なからず愕然としました。レベルは低いですが、私もヨーロッパにいたことがあり、この種の偏見(私の場合は、日本女性に対する偏見に傷つきました)を感じたことが多々あります。しかも知的レベルの高い人の発言だったりので(レベルの低い人は仕方ないと思いますが)、その人の体験から感じたこともあったのでしょうが、その人を非難するより、日本人としての自分や国民性を恥じてしまいました。しかし、学長の言うとおりです。このような、国民として侮辱を受けた場合は断固として反論すべきです。欧米人に黙りこんでしまうのは、日本人の国民性というよりは劣等感のように私は感じています。海外にいた頃は同僚や自分自身にさえそれを感じ、非常に苦痛を覚えていました。しかしそれも時を経て、相手を知るにつれ、日本人としての自分のかわいらしさを適当に出しながらも図々しく反論できるようになったので、要は、外国人といかに接するかが重要なのか、と思います。
    学長のように見識の高い方が断固として反論してくださったのは本当に感激しました。
    しかし、マーク氏のいうことも一理有り、私も学生時代はまじめに勉強していませんでした。そして今それを非常に後悔し、一生懸命勉強しています。大学生の皆さん、今というときを勉強に専念できるときをぜひ無駄にせず、勉学に励んでほしいと思います。

    投稿者: ITOI

  • 始めて拝見させてもらいます。記事を読んで堀さんの意見に共感しました。No valueは正直信じられない発言であると思います。確かに日本の学生の大学で学ぼうとする意識は低いと思います。しかしながら一部には大学のカリキュラムと講義の質にも責任があるのではないでしょうか。デュレイ氏の講義を聴いたことがないため間違っているかもしれませんが、彼が描写する教室内での状況は、もしかしたら彼の講義にも問題があるからかもしれません。大学での教育は小学校での教育からの延長であるため、もし学生が率先して授業に参加し、勉強をすることが大学での理想とするならば、小学校からの教育全体を見直すべきではないかとも思います。

    そしてもう一点、憤慨した気持ちは理解できますが、なぜそう思ったならデュレイ氏が発言をしたと同時に反論しなかったのでしょうか?堀さんの発言でデュレイ氏に対する反論する雰囲気が会場全体に形成できたような気もします。

    投稿者: TO

  • 国際社会の中においてきちんと反論したり、意見したりという点は賛成です。
    ただ、日本の若者の(いい大人もそうですが)マナーや公共心のなさはもっと問題視されるべきです。
    デュレイさんの発言で気になるのは、「クラスでも全く授業を聞かないし、携帯電話で遊び、友達と会話して、話を聞いていない」というところです。
    私は、堀さんが卒業された大学の職員ですが、学生のマナーの悪さには辟易することがしばしばです。授業に出ない学生なんて昔からいましたよ。それはいいんです。他所で自分のためになることをしている(はず)のだから。授業には出ましたよ、という体裁だけをつくろって、勉強したい人の邪魔をする、おそらく邪魔になっていることも感じられないほど鈍感なのでしょうが、そういうずるがしこさ、汚さこそ批判されるべきと思います。

    投稿者: togo

  • 次に会った時ではなく、その場でガツンとディスカッションしていただきたかったね。

    日本人学生の学ぶという姿勢やアイデンティティーに関しては、たしかに指摘されている傾向はみられるかもしれませんが、だからと言って国辱的な発言をされて、そうですねと受け入れるようでは気概がなさすぎです。
    自分を含めて単一的な観念で一括りにされるのも腹立たしいですが、自国を侮辱されてもしたり顔で肯定している人の感覚も理解できません。

    投稿者: Toshimitsu

  • このレイシストは絶対に許さない。

    投稿者:  

  • 堀さんの怒りがビシビシ伝わってくるブログ、読ませていただきました。
    それにしても一企業、しかも人材派遣業のトップたる者が
    大分県のとある一大学の、その中のごく一部の学生のその一面に接することで築き上げられた
    「日本の若者は価値観を持たない」という壮大な思いつきを証明するために
    「わたしは日本の若者とコミュニケーションがまったく取れません」
    「わたしは任された狭い教室1つすら満足に統治できません」的な発言を国際会議で堂々と開陳しちゃった方が問題だと思うのですが。

    日頃鬱積していた意のままにならぬ日本社会への劣等感を意図的か、
    もしくはお仲間が大勢居られる場で安心して思いもよらず噴出させたのか知りませんが、
    憂さ晴らしのつもりだとすればとんだ自爆ですよ、これは。

    投稿者: Cypripedium

  • 堀義人様

    下記のメール興味深く拝読しました。
    堀さんのお気持ちわかりますが、まずは堀さんが次回アデコのDulay氏にあった時ではなく、
    正式の書面で彼に抗議文を書かれることをお勧めします。
    日本でいくらtwitter等で議論しても無駄と思われます。

    私の経験では昔、近所に夫婦ともHarvard出身のChase Manhattan銀行の東京支店にいた人が
    日本で仲良くしていた時は「日本は素晴らしい! 日本人は親切」とこそば痒い程、日本を絶賛していたのに、
    帰国して、2年後、私がNYであって米国人達6人と交えて食事をしている間中、日本の悪口を言っていました。

    私があきれて「でもあんた達、東京にいる時は日本は素晴らしいと連発していたではないの?」
    と言うと何と「それは悪口を言えば何されるかわからないし、怖いから褒めておけば無難とおもっただけよ!」
    と言うコメントが帰ってきました。空いた口がふさがりませんでしたが、
    そういうケースもあると御報告させて頂いた上で、
    アデコの社長のコメントはやはり国家戦略として考えねばならない問題ですね。
    言葉が判らないと何となく気持ち悪いですよね。
    私も英語は判るのですが、フランス語やドイツ語になるとあやしいし、
    中国語やロシア語等でしゃべられると何をいっているのかわからなくて、
    そんな国では自然と身構えてしまうでしょう。

    日本も国際的に認められたかったら、一日も早く英語を第二公用語にするくらいの覚悟が必要ではと
    思う今日この頃です。
    堀さんは民主党の若い政治家に沢山ご友人がおられるでしょうから、
    今の政権の時に少し働きかけては如何ですか?

    投稿者: hiro hiro

  • 立命館アジア太平洋大学(APU)の学生です。
    自分の通う大学の学生に対して、公の場で批判が出たことに対し残念で、また恥ずかしく思っています。
    デゥレイ氏の、「日本の若者は、ルイ・ヴィトンのバッグと携帯電話さえ持っていれば、それでいいのだ。クラスでも全く授業を聞かないし、携帯電話で遊び、友達と会話して、話を聞いていない」という発言ですが、確かに当てはまる学生も少なくありません。
    私は高校時代、大学の勉強の基礎となるようにと勉学に励み、そしてAPUの国際性のある環境に希望を持って入学しました。
    APUは期待通りの国際的な大学です。モチベーションの高い学生にとっては、自分を高められ、またいろいろなことに挑戦しやすい環境です。
    しかし、一方で日本人学生間の、学力、常識・道徳観の差を感じます。AO入試で多数の学生を入学させているせいだと思うのですが、驚くほど学力・常識の無い学生も多いです。私はAPUが好きなので、このような士気の低い学生のためにAPUの評判が悪くなりはしないかと心配していましたが、ついに出てしまったと残念に思います。
    大学側には、選考基準をもっと上げるなどの対策をとってほしいですが、APUの学生として私には何ができるのかを考えたいと思います。

    投稿者: Green

  • 投稿者 谷井 さん>
    それは貴重な意見であるとおもいます

    しかし諦めは決して良い結果を導きません
    諦めや妥協によって生み出された状態は、たとえ「良し」と見えても、それは全くの嘘です

    なぜなら、その問題への根本的解決がなされていないからです

    しかし残念ながら、私たちは、人間の歴史・社会という名の、後付けの理由・理屈で塗り固められた世界に生を受けました

    そんな今の時代、今の世界は「正直」でない

    私は、そんなまやかしだらけの世界の中で生き、その中だけで死んで行くのはイヤです

    善意に正直になれば、おのずと「せねばならぬ事」を見つけられるはずです

    私達は非力では無いのです
    地球という惑星に住む、人類なのです

    歴史上の人物も、私達と同じ、一人の人類でした

    この惑星の真の理解者は、他でもない我々なのではないのでしょうか

    そんな一人一人である私達が力を合わせたら、いったいどれだけの事ができましょうか

    私は何事も諦めない生き方を選びました

    これは、18歳の若造が、ただただ夢を見て吠えているだけだと、あなたは感じますか?

    諦めた者に、真など訪れません

    なにが真なのか、力を合わせませんか?

    投稿者: 小倉稲荷

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